落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「ローカル」。
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8年前、某県某町の小さな公民館での落語会。最寄り駅前に作業着姿のおじさんが迎えに来てくれた。人懐っこい笑顔で、
「乗ってー。40分くらいかかっからー」
と軽トラを指さす。
初めて行く土地では地元民へのリサーチは欠かせない。
「名物って何ですか?」
「飲んべえかな! ハハハッ! あと雪か? 豪雪な!!」
なるほど豪雪だった。公民館は半分くらい雪に埋もれている。
「近所のじいちゃんばあちゃんばっかだから!」
本当だ。お年寄りの行列がゆっくりゆっくり山の上の公民館に向かってくる。自主的な『楢山節考』みたいだった。
落語会はつつがなく終わる。世話人の7人のおじさんがお客を送り出し、撤収作業を始めた。
「ここで打ち上げをやんで、お付き合いいただけますか?」
駅まで一人じゃ帰れないし、事前にもらった切符の新幹線の時間は遥か先だし、多分打ち上げを見据えてのことだろう。「喜んで!」と応える。
すぐに長机を並べ、缶ビール3ケースと一升瓶が3本現れた。あとは申し訳程度の乾きモノ。
メンバーは7人のおじさんプラス私。酒の量が明らかに過多だ。はじめにビールをいただく。雪の中に箱ごと突っ込んでたせいで鬼の仇のように冷えてる。
コップが4分の1空いたくらいでガンガンつぎ足してくる。せわしないことこの上ない。途切れ途切れの会話で40分経過。
「そろそろこちらにしませんか?」
とリーダー(唯一のスーツ姿・山本浩二似)が地酒の一升瓶を掴んだ。
「いいですね、いただきます」
「じゃ、たけちゃん、あれ!」
たけちゃんというおじさんが、どんぶり鉢のフタだけ私に渡す。みんな立ち上がり、7対1でおじさんと私が正座で相対する。
「なんですか? これ?」
怖くなって私は尋ねた。
たけちゃんはよくわからない口上を声高らかに朗々と述べる。
「*@☆℃¥$¢£≒よ~!!」
と歌い上げた。おじさんが8人しかいない公民館にたけちゃんの声が響き渡る。たけちゃんが一升瓶を差し出す。しかたなく私もフタで受ける。1合くらいあるだろうか。飲み干せ、との7人からの無言の圧力。
大学のサークルだったら明らかに問題になる案件だ。飲む→次の刺客が歌う→つぐ……。
勢いで飲むが5杯目くらいで、
「ち、ちょっとタイム! どういう儀式ですか!?」
「集落のおもてなしですが。一通り飲んで頂くと我々も嬉しいかな、と」
とリーダー。
「死んじゃいますよ!!」
7杯目からの記憶はない。その後どうやら私は皆さんに、
「人にばっか飲ませやがってこの野郎! 何がおもてなしだ!」
と悪態をついて、からみはじめたらしい。その後、へべれけでお開き。車に押しこめられ、
「帰りたくない! また来る!」
と駄々をこねているところを新幹線に放り込まれたという。
また来たくなる、ということは「おもてなし」として大成功なのだろう。でもその後、その町から仕事のオファーはまだない。相思相愛はなかなか難しい。
※週刊朝日 2016年10月21日号