“ヘイト殺人鬼”植松聖容疑者の虐殺願望 (1/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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“ヘイト殺人鬼”植松聖容疑者の虐殺願望

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容疑者のこれまでの言動は…(※イメージ)

容疑者のこれまでの言動は…(※イメージ)

「障害者は死んだほうがいい」「もう自分でやるしかない」。周囲に憎しみの言葉を吐き、相模原の障害者施設で50分間に45人をメッタ刺しにし、死者19人、重軽傷者26人となる凶行に及んだ植松聖(さとし)容疑者。これまでの言動を徹底検証する。

 植松容疑者は大学進学後、言動が無軌道になり、性格にも変化がみられていく。

「相模原市のクラブへ一緒に遊びに行くようになった。彼は踊るというより、酒を飲んでナンパしていた」(高校時代の友人)

 こんなこともあった。

 ヘアピンカーブが連続することで、バイクや車の“走り屋”といわれる若者に人気だった大垂水峠。相模原市と八王子市の都県境にあるこのコースに、原付きバイクの少年たちが、車の前方と後方を挟み撃ちにして停車させ、車からドライバーを引きずり出して暴行や恐喝をくり返す事件が頻発したことがあった。

 植松容疑者はこの“走り屋潰し”に加わっていたという。バイク仲間だった中学の同級生が語る。

「ある日、仲間10人くらいが警察に逮捕されてしまった。少年院に入ったヤツもいましたが、植松君はおとなしいほうで率先してやるタイプではなかった。グループ内では下っ端でした」

“地元のヤンチャ少年”の枠から、段々逸脱し始めていくように見えるのが、大学2年、入れ墨に傾倒し始めるころだ。肩のワンポイントから腕、太腿、背中と徐々に広がり、小学校教諭を目指す学生にはありえない姿に変容していく。

 ある友人が明かす。

「相模原市内の彫り師のところへ行き始めて興味を持ったようです。般若を入れると言うので『学校の先生になるヤツが入れ墨はまずいだろう』って注意したら、『彫り師としてやっていく』と言い出し、入れ墨を彫る機器まで買い揃えた。何を考えているのかと思った」

 それでも大学4年生だった11年には、5月末からの約1カ月、母校の小学校で教育実習をした。3年生を担当し、低学年が下校したあとには、5、6年生の授業にも参加したという。


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