岡田有希子、没後30年 南野陽子が「“ゴミ箱”が私だった」と思い出語る (2/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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岡田有希子、没後30年 南野陽子が「“ゴミ箱”が私だった」と思い出語る

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岡田有希子が眠るお墓(撮影/柳川悠二)

岡田有希子が眠るお墓(撮影/柳川悠二)

 岡田は84年のレコード大賞で、最優秀新人賞を受賞した。同賞を争ったひとりに、岡田と同じ4月にソロデビューした1歳下の荻野目洋子がいる。彼女が眠っている成満寺(愛知県愛西市)の住職は、成満寺でたびたび荻野目の姿を目撃し、ある時、彼女がアメリカのお土産として一冊のノートと鉛筆を納骨堂に残していったことを覚えていた。一見、どこにでもあるノートだったが、目立たないように後ろから数枚目に荻野目自作の詩と、サインが書かれていた。そのエピソードを荻野目にぶつけた。

「当時、私自身も彼女の死を受け止めきれてはいなかった。心にぽっかり穴が開いたような……。詩については覚えていません。たぶん、その時の私にはそういう形でしか感情をうまく表現できなかったんだと思います。今ならブログやツイッターにその気持ちを書いたんでしょうが。強い精神力と少女の魅力を併せ持った歌手でした」

 岡田と同年齢のアイドルで、堀越でもクラスメートだったのが南野陽子だ。南野は、デビュー直前の高校2年生の3学期に堀越に転校した。岡田は、既にヒット曲を飛ばしていた大先輩だった。


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