田原総一朗 女性経験は女房以外、「仕事で」NY娼婦だけ (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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田原総一朗 女性経験は女房以外、「仕事で」NY娼婦だけ

連載「ギロン堂」

田原総一朗たはら・そういちろう 1934年生まれ。早稲田大学文学部卒。ジャーナリスト。岩波映画製作所を経て東京12チャンネルに入りドキュメンタリー番組を制作。77年にフリーになり、執筆活動とともに、「朝まで生テレビ!」など、テレビジャーナリズムでも活躍。『安倍政権への遺言』(朝日新書)、『日本人と天皇』(中央公論新社)など多数の著書がある(撮影/写真部・堀内慶太郎)

田原総一朗
たはら・そういちろう 1934年生まれ。早稲田大学文学部卒。ジャーナリスト。岩波映画製作所を経て東京12チャンネルに入りドキュメンタリー番組を制作。77年にフリーになり、執筆活動とともに、「朝まで生テレビ!」など、テレビジャーナリズムでも活躍。『安倍政権への遺言』(朝日新書)、『日本人と天皇』(中央公論新社)など多数の著書がある(撮影/写真部・堀内慶太郎)

帯津良一おびつ・りょういち 1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。『死を生きる。』『がん患者治す力』(朝日新聞出版)など多数の著書がある(撮影/写真部・堀内慶太郎)

帯津良一
おびつ・りょういち 1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。『死を生きる。』『がん患者治す力』(朝日新聞出版)など多数の著書がある(撮影/写真部・堀内慶太郎)

田:ものすごく不器用です。不器用だから、できることが非常に限られている。最初に勤めた日本交通公社ではひどかった。まず、丸ビルの中のほうの営業所で、切符を売ってお客さんとやりとりしていたが、それがまるでダメ。そこで定期券の配達にまわされたが、失敗ばかり。次は東京駅の中の案内所。でも、どんどん悪くなった。仕事がきらいなんですよ。

帯:それはストレスが大きかったですかね。

田:丸ビルの中に入るのがいやなので、まわりを2回ぐらいまわって会社に「今日はちょっと体調が悪いから」って電話する。いわゆる出社拒否です。その後、岩波映画製作所を経て、東京12チャンネル(現テレビ東京)に入れたのがよかった。僕の青春っていうのは、それからです。

帯:天職を得たわけですね。

田:不器用なのがわかっているから、できることしか、やらない。いや、できることしか、できないんです。器用な人はだいたい損をしていますよね。何でもできるから、ついやっちゃう。僕はできないからやれないですよ。

帯:不器用で、唯一、人と会うのが好きだから、それだけをやっているというわけですか。

田:そうです。だから僕のやっているのは趣味で、仕事ではない。仕事とは思っていないです。仕事じゃないから人と会うときにギャラなんて考えない。原稿料も考えない。

週刊朝日  2016年1月29日号より抜粋


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田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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