元自民党総裁・河野洋平「成立するかわからない安保法制を米国で約束したのは軽率」 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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元自民党総裁・河野洋平「成立するかわからない安保法制を米国で約束したのは軽率」

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元自民党総裁河野洋平こうの・ようへい/1937年生まれ。内閣官房長官、自民党総裁、外務大臣、衆院議長を歴任。93年「河野談話」を取りまとめた (c)朝日新聞社 

元自民党総裁
河野洋平

こうの・ようへい/1937年生まれ。内閣官房長官、自民党総裁、外務大臣、衆院議長を歴任。93年「河野談話」を取りまとめた (c)朝日新聞社 

 村山富市元首相とともに日本記者クラブで6月9日、会見した河野洋平元自民党総裁(78)。

 宮沢内閣の官房長官としてPKO法成立に関わった河野氏は、安倍首相にこう苦言を呈した。

 かつての自民党には、戦争を体験した人がいた。戦争というものの怖さ、恐ろしさを実体験として持っていた。(その人たちがいなくなったことが)変質の一因なのか、安倍政権は安全保障問題に熱心だ。けれど、いかにも早すぎる。特定秘密保護法があって、さらに武器輸出を防衛装備移転と言い換えて、緩和。そんなに次から次へと変えなければいけない理由があるのだろうか。さらに、閣議決定によって憲法解釈をも変えてしまおうとしている。憲法は9条によって専守防衛であることは、明らか。他国が攻められているところに出ていくのは、9条をどう読んでも解釈できない。条文をしっかり読んでから議論してもらいたいし、憲法を踏み越えるのではなく、憲法のもとで外交力を利用すればいいのではないだろうか。現在の安保法制の議論に、民意が反映されているとは、到底思えない。こんな状況下で、安倍首相は4月、米議会上下両院合同会議で『この夏までに成就させる』と発言した。成立するかどうかもわからないものを米国で約束するのは、いささか軽率ではなかったか。国民の理解は得られないだろう。

 私が官房長官だった1993年、カンボジアにPKO派遣した高田晴行警視が、現地で撃たれて亡くなった。葬儀の場には若い夫人がいて、小さな子が駆け回っていた。政府の指示で派遣した人が死んだ。大変なショックだった。われわれの責任の重さを思い知り、今も胸が詰まる思いでいる。安倍首相にも、その重みを考えてほしい。

(本誌・西岡千史、牧野めぐみ、古田真梨子)

週刊朝日 2015年7月3日号


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