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大橋巨泉、みのもんた、アグネス・チャンが語る愛川欽也さんの意外な素顔

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「トラック野郎」シリーズで菅原文太さん、せんだみつおさんと共演 (c)朝日新聞社 

「トラック野郎」シリーズで菅原文太さん、せんだみつおさんと共演 (c)朝日新聞社 

 おまっとさんでした──。その、いつもの挨拶を聞くことはもうできなくなってしまった。4月15日夕、愛川欽也さんの自宅前には50人を超える報道陣が集まったが、妻・うつみ宮土理さん(71)は2日間、沈黙。その後、肺がんで死去したという衝撃の発表が行われた。享年80歳だった──。

 予兆はあった。愛川さんは3月7日に20年間続けた「出没!アド街ック天国」(テレビ東京系)の放送1千回目を最後に退き、自ら運営してきたインターネットテレビ局「kinkin.tv」も4月6日で休止。「重病説」が取り沙汰される中、15日午前5時11分、帰らぬ人となった。

 愛川さんは東京の巣鴨生まれ。戦時中は疎開で、茨城、福島、埼玉を転々とした。埼玉県立浦和高校を中退し、俳優座養成所の研究生になった。俳優座を退団後は、アメリカのテレビドラマ「ルート66」(1962年放映)の吹き替えなど、「声」の仕事で活躍し、70年代には深夜ラジオ「パック・イン・ミュージック」(TBS)のディスクジョッキーとして人気を得た。そのころ、文化放送のラジオ「セイ!ヤング」で活躍していたみのもんたさんはこう話す。

「欽也さんとはライバルでした。ラジオの深夜放送で真っ向勝負だった。楽しかった時代ですよ。真夜中にリスナーはみんな、欽也さんのしゃべりを聴きながらゲラゲラ笑った。下ネタもあったけど、明るい軽快なしゃべりの人で、聴取率は断トツでしたね。僕も聴き惚れたもの」

 78年には、前妻と離婚した翌日にバラエティー番組「シャボン玉こんにちは」で共演していたうつみさんと再婚した。


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