「嫌がる采配をしたい」SB工藤監督に東尾修も注目 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

「嫌がる采配をしたい」SB工藤監督に東尾修も注目

連載「ときどきビーンボール」

このエントリーをはてなブックマークに追加
週刊朝日#東尾修
キャンプで巨大なタイヤを持ち上げるソフトバンクの松坂 (c)朝日新聞社 

キャンプで巨大なタイヤを持ち上げるソフトバンクの松坂 (c)朝日新聞社 

 キャンプも始まり、いよいよ開幕に向けて動いているプロ野球。東尾修元監督は工藤公康新監督にヘッドコーチを置かなかった理由を聞いた。

*  *  *
 2月1日から宮崎でキャンプを張る球団をあいさつも兼ねて回っている。西武出身の監督で、ソフトバンク・工藤公康監督、西武・田辺徳雄監督といった新監督に激励も兼ねてあいさつをした。やっぱりキャンプは活気があって、見るのが楽しいな。

 キャンプを巡る中で、最初に訪れたのは昨年の日本一チームのソフトバンク。投手として西武の黄金時代を共に過ごした工藤監督にどうしても話を聞きたかったからだ。

「あの時は本当にひどい仕打ちでしたよね」と会うなり、公康に先制パンチを食らったよ。西武時代のキャンプ中にタイヤ引きのトレーニングがあり、私は軽いタイヤをつけ、公康には一番重いタイヤを引かせて競走をした。他にも言われた。マウンドにいる公康に私がノックで外野へ打球を打って、「フェンスに着くまでに捕れ!」などとダッシュさせたこと。だが、公康も文句を言いながら走ったよな。ただ走るトレーニングでは飽きてしまう。冗談や悪態をつきながらも、練習の意図を分かって球を追った。懐かしい気分になった。

 キャンプで工藤監督は、150キロのタイヤを持ち上げてひっくり返すトレーニングや、ハンマーを振り下ろすトレーニングを採り入れた。飽きさせない練習法という現役時代の流れをしっかり継承していた。

 少し話はそれたが、公康に聞きたかったのは、「なぜヘッドコーチを置かなかったのか?」という素朴な疑問だった。彼の答えは明快だった。「一人より、二人の頭があったほうが、という考えもあるけど、まずは自分で考えて采配をしたい。アドバイスは担当コーチと話せばいい」ということだった。

 そしてその采配についても、「投手が嫌がる采配をしたい」と言った。私も西武監督時代は投手心理を生かした采配を心がけていた。「左投手には右打者」という鉄則があるけど、左投手に左の代打を送ったこともある。その時には左投手が左打者にストライクが入りづらいとのデータがあったからだ。2ストライクからスクイズのサインも出した。投手交代でも、2ストライクと追い込んでから、左投手を送ったこともある。相手が何をされたら嫌か。常に考えた。

 ソフトバンクの野手は伸び盛りの若手、そして内川のような完成された選手で固められている。質や年齢構成を見ても、12球団一の破壊力だ。そこに工藤監督の投手の視点に立った采配が加わることで、野手陣に新たな発見もあるはずだ。昨年までの秋山監督は野手出身。うまく工藤監督の意図がマッチすれば、野手に新たな引き出しが加わることになる。連覇へ向けて、本当に楽しみなシーズンになるな。

 松坂大輔については、まだ結論を出すのは時期尚早だ。2月1日に非公開のブルペンを横で見させてもらったが、まだ投球フォームもバラバラで、修正が必要な箇所が多すぎた。だが、本人と話すと、それは十二分に理解していたし、第2クールに入って、徐々にいい形が出てきている。

 開幕に向けてまだ時間はたっぷりとある。ポイントは、踏み出した足が米国よりも沈んで滑りやすい中で、右肘を高く保って、いかに打者に近い位置で球を離せる形を作るかだ。

週刊朝日 2015年2月20日号


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

東尾修

東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝。

続きを読む

関連記事関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加
あわせて読みたい あわせて読みたい