仕事というのは、誰にとっても“志事”であるべきだと伊勢谷友介さんは考えている。自分のためやお金のために働くのではなく、社会や未来のために働こうという“志”を、大人は決して忘れてはいけないのだと。

「大学生のときは、映画監督になりたかったんです。僕自身が映画によって人生を変えられたように、それによって世の中を変えられると期待していたので……。でも、実際に映画を撮ってみたら、“映画”というのはあくまで何かを伝えるための手段に過ぎないことがわかりました。そのとき、自分は何のために生きるのか、何のために働くのかをじっくり考えました。そして、社会や未来のためにこの命を、自分の中にある情熱を、与えられた時間を、存分に生かしていきたいと思ったんです」

 以来、地球環境や社会問題を考える様々なプロジェクトを始動させるようになる。俳優としては受動的に。プロジェクトの発信者や映画監督としては能動的に。「とはいえ、最初に来る肩書は、“俳優”ということでいいんですよね?」と確認すると、「何でもいいです」と苦笑いした。

 実話を基に制作された日韓合作の映画「ザ・テノール 真実の物語」では、がんで声を失った天才オペラ歌手の再起を支えた日本人音楽プロデューサー役を演じている。

「今、日本と韓国の間で様々な問題が露呈していますけど、個人個人が手を取り合ってひとつの作品を作り上げることが、もしかしたら国家間の問題を解決することにつながるかもしれない。一人ひとりの力は小さくても、たくさんの純粋な“志”が結集すれば、偏見や先入観を取り除いて、分かり合うことはきっとできる。その可能性を証明したいと思って、すぐ出演を決めました」

 同時に、自分が演じることになる沢田幸司のモデル・輪嶋東太郎さんにも会い、その仕事に対する向き合い方に激しく共感した。

「輪嶋さんは、実際にご自分の仕事に対する志の高い方だったので、僕自身、大いに勇気をもらいました。終盤のコンサートの場面では、監督から『最後までカッコいい沢田でいてほしい』と言われていたのに、リハーサルの段階から涙が止まらなくて(苦笑)。でも、無理して感情を作るのではなく、自然に気持ちがそうなったので……。お芝居って、本来そういうものなんだろうな、と」

 初めて監督として映画を撮ってから11年。最近は、“普通の人の中にこそ、ヒーローはいる”と思うようになった。今回演じた“沢田幸司”というキャラクターも、現代的なヒーローのひとりなのかもしれない。

「人前に出る仕事をする上では、高い志と少しの想像力、あとは普通の感覚を持っていることが大切なんじゃないでしょうか。じゃないと、観る人に共感してもらえないので。僕も、できるだけ普通の感覚は忘れたくないなと思っています」

週刊朝日  2014年10月17日号