突然発症し、原因不明の難病とされる突発性難聴。発症後、約3週間経つと症状が回復しなくなるといわれており、早急な治療が必要だ。

 名古屋市に住む、小嶋清二さん(仮名・70歳)は2008年7月、突然、「じー」という右耳の耳鳴りに襲われた。耳がトンネルに入ったときのようにつまり、徐々に聞こえづらくなった。耳鳴りが起こってから2日後に自宅近くの耳鼻咽喉科を受診。診断の結果、突発性難聴が疑われたため、中日病院(名古屋市)で外来診療をおこなっている名古屋大学病院耳鼻いんこう科の寺西正明医師のもとに紹介されてきた。

 聴力のレベルはデシベルという単位で表され、数値が高くなるほど聞こえづらいことを意味する。20デシベル以内が正常とされ、100デシベルを超える場合、ほとんど何も聞こえないとされている。小嶋さんは検査の結果、右耳は約70デシベル。MRI(磁気共鳴断層撮影)検査で脳腫瘍は見られなかったため、突発性難聴と診断された。

 突発性難聴とは原因不明で突発的に起こり、多くは片方の耳が聞こえなくなる病気だ。耳はからだの外側に近いほうから「外耳」「中耳」「内耳」に分かれる。内耳には、平衡感覚を司る三半規管や、音を感じるカタツムリの形をした蝸牛(かぎゅう)などがある。突発性難聴は、内耳やその奥の神経に問題が起こることで発症すると考えられている。

 突発性難聴は劇的な効果のある治療方法がないことに加え、自然治癒率が3割程度と言われており、難聴が残ったり、後遺症として耳鳴りが残ったりすることもある。最も一般的な治療として点滴や内服による全身のステロイド治療が挙げられ、それ以外にもいくつかの治療方法を試すことが基本とされている。

 寺西医師は、小嶋さんに糖尿病の持病があることを考慮して、全身のステロイド投与ではなく、中耳の空洞にステロイドを直接注入する、ステロイド鼓室(こしつ)内注入という治療方法を選択した。

 寺西医師はこう話す。

「ステロイドの鼓室内注入とは、鼓室内に注射器を使って直接ステロイドを注入する方法です。ステロイドの点滴などの全身投与に比べて、ステロイドを直接、内耳に染み込ませることができるので、内耳での薬物の濃度がより高くなることが期待されています。さらに、全身的な副作用を回避できることも大きなメリットです。糖尿病を持つ患者さんの場合、入院して血糖値のコントロールをおこないながらステロイドの全身投与を受けることもありますが、小嶋さんは入院したくないという意向があったので、ステロイドの鼓室内注入を選択しました」

 表面麻酔した鼓膜にデキサメサゾンというステロイドを直接、注射器を使って注入する。注入自体は、ほんの数秒だが、内耳に浸透させるために30分は横たわり、その間嚥下(えんげ)は極力我慢する。つばを飲み込んでしまうと、のどの上につながっている耳管を通して、ステロイドが流れていってしまう可能性があるためだ。

 小嶋さんは週に1回、合計3回のステロイド鼓室内注入と、神経保護の役割があるビタミン剤などの点滴を受けた。2週間後、再度聴力検査をしたところ、聴力は30デシベルまで改善し、最終的には左耳と同じ、正常レベルである20デシベルまで回復した。

「小嶋さんはめまいを伴うこともなく、極めて重度の難聴ではなかったことと、発症から早めに治療を開始できたため、聴力はここまで回復しました。初めの聴力がさらに悪い場合や、めまいを伴った場合はここまで回復しなかったかもしれません」(寺西医師)

 突発性難聴の原因は、耳の血流が悪くなることで難聴が起きる「血液循環障害」などと言われているが、現在もわかっていない。

「近年では高齢者での突発性難聴の発症数が増加しています。小嶋さんのように糖尿病があったり、高血圧があったりする患者さんが増えてきている背景には生活習慣病との関連もあると考えられます。また、睡眠不足や疲労、ストレスなどが突発性難聴の発症リスクを高めている可能性もあり、これらを防ぐことが、発症予防対策にもつながります」(同)

週刊朝日  2014年9月19日号より抜粋