「時代なんか、パッと変わる。」──30年前に自社のウイスキーにつけた名キャッチコピーさながらに、サントリーが変革に踏み出した。創業以来4代続いた名門の世襲企業が、コンビニ業界から新たなトップを迎えるというのだ。まさかの逆転人事に刺激され、「プロ経営者」旋風が日本に吹き荒れるのか。

「やってみなはれ」という創業者の言葉に背中を押されたのか、飲料国内最大手のサントリーホールディングスが6月24日、前代未聞の決断をした。

 コンビニ大手ローソンの新浪剛史会長(55)を社長に招き、10月1日付で就任すると発表したのだ。

 サントリーといえば、日本で初めてウイスキーの国産化に成功した由緒正しき企業。1899年の創業以来、創業家の鳥井家と佐治家から交互に、4代にわたり社長を出してきた。同社にとって、外部出身のトップは初めてだ。

 決断した佐治信忠会長兼社長(68)は新浪氏とは慶応義塾大学の先輩後輩で、10年以上前からゴルフを通じて親交を深めていたという。

「関西人の佐治さんは経団連系ではなく、若手経営者と馬が合った。新浪さんの国際性や手腕にほれ込み、白羽の矢を立てたそうです。新浪さんの出身母体である三菱商事にも話をつけているのではないか」(経済ジャーナリスト)

 
 創業者のひ孫で2011年から子会社のサントリー食品インターナショナル社長を務める鳥井信宏氏(48)が後継者とみられていただけに、経済界からも驚きの声があがる。帝国データバンク名古屋支店の中森貴和情報部長がこう語る。

「1月の米ビーム社買収合意の発表以前から、佐治会長からトップが交代するのではないかとみられていました。後継の鳥井氏は子会社社長に就任したばかりなので、軌道に乗るまではそちらに専念させ、グループ企業から新社長を出すのではないか、とも言われてました。新浪さんは5月にローソン会長になったばかりで、産業競争力会議など政治活動に力を入れると思われていた矢先だったので、今回の人事は驚きましたね」

 佐治会長は鳥井氏について、「まだ若い。新浪さんのもとで勉強してもらって、成長次第だ」と話している。東京商工リサーチの友田信男情報本部長が語る。

「新浪氏をワンポイントで起用して社内を活性化させ、将来的には鳥井家に戻すというプランでしょう。長期政権というよりは、ローソンの海外進出に取り組んだ新浪氏のノウハウを吸収し、今後のグローバル展開の流れを作っていきたいという意図が感じられます」

 ここで注目すべきは、最近、日本の大企業で「プロ経営者」を外部から招へいするケースが多くなっていることだ(下記参照)。

■大企業に起用された「プロ経営者」たち(カッコ内は主な経歴)
サントリー 新浪剛史氏(ローソン社長)
ローソン 玉塚元一氏(ファーストリテイリング社長)
ベネッセホールディングス 原田泳幸氏(日本マクドナルドホールディングス会長)
資生堂 魚谷雅彦氏(日本コカ・コーラ社長)
武田薬品工業 クリストフ・ウェバー氏(英グラクソ・スミスクライン幹部)
LIXILグループ 藤森義明氏(日本ゼネラル・エレクトリック会長)
日本航空 稲森和夫氏(京セラ名誉会長)
日産自動車 カルロス・ゴーン氏(仏ルノー幹部)

 
 5月1日には、ユニクロを展開するファーストリテイリングの社長を務めた玉塚元一氏が新浪氏に代わってローソンの社長に就任。6月21日には、日本マクドナルドを率いた原田泳幸氏が「進研ゼミ」で知られるベネッセホールディングスの会長兼社長に就任して注目を集めた。一方で、ジャーナリスト出身という異色の経歴から米国法人社長を経て05年から12年までソニーのCEOを務めたハワード・ストリンガー氏のように、業績不振から厳しい評価を受けた例もある。日本に「プロ経営者」の文化は根付くのだろうか。

 06年、証券取引法違反事件の渦中にあったライブドアの社長になり注目された平松庚三(こうぞう)氏(現・小僧com社長)は、プロ経営者に必要な能力について話す。

「新しい企業文化を作るために外部から呼ばれているわけだから、強烈な個性とリーダーシップが求められます。業界について猛勉強して、経営の現状と問題点を素早く把握しなければならないのは当然ですが、結局は人事の問題に行きつく。自身の人脈から使える人間を部下として連れてきたり、実力不足の社員を配置換えしたりといった決断が必要になってきます」

 当然、古参幹部などから反発が起きることは必至だ。そんな時は、非情な決断も要求されるという。

「『僕の構想の中にあなたのポジションはない』と、はっきり伝えて、場合によっては移籍金を払うなどしてでも出ていってもらうべきです。日本人は『和』を重んじますが、合議制で妥協していては経営は変えられない」(平松氏)

 AOLジャパンなど複数の外資系企業の日本法人社長を経験した平松氏自身、本国の経営者と激しく対立し、結果的に会社を去ったこともあるという。サントリーの佐治会長は新浪氏と「良い意味の二人三脚でいきたい」と語っていたが、時に、創業家と対立する覚悟も必要となるようだ。

(本誌・小泉耕平)

週刊朝日  2014年7月11日号より抜粋