ドクター・中松 出馬し続ける理由となった「遺言」 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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ドクター・中松 出馬し続ける理由となった「遺言」

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ドクター・中松発明家・国際創造学者本名・中松義郎(なかまつ・よしろう)。1928年、東京都生まれ。53年、東京大学第一工学部卒業。2005年にイグ・ノーベル賞を受賞したほか、ガンジー平和賞、米国発明議会最高賞など受賞歴は数多い。国際創造学者、工学・法学・医学・理学・人文学博士、世界天才会議議長、国際発明協会会長など多彩な肩書を持つ。最初の発明は5歳のとき。海外の著名な大学で教授を務め、米国には「ドクター・中松デー」を制定している州市もある(撮影/山本倫子)

ドクター・中松
発明家・国際創造学者

本名・中松義郎(なかまつ・よしろう)。1928年、東京都生まれ。53年、東京大学第一工学部卒業。2005年にイグ・ノーベル賞を受賞したほか、ガンジー平和賞、米国発明議会最高賞など受賞歴は数多い。国際創造学者、工学・法学・医学・理学・人文学博士、世界天才会議議長、国際発明協会会長など多彩な肩書を持つ。最初の発明は5歳のとき。海外の著名な大学で教授を務め、米国には「ドクター・中松デー」を制定している州市もある(撮影/山本倫子)

ドクター・中松さん(左)と林真理子さん(右) (撮影/山本倫子)

ドクター・中松さん(左)と林真理子さん(右) (撮影/山本倫子)

 発明家としてはもちろん、選挙に出馬し続けていることでも有名なドクター・中松氏。作家の林真理子氏との対談で、立候補し続ける理由を明かした。

*  *  *
林:先生、ご無沙汰しております。あら、暖かそうなコートですね。

中松:これ、僕が発明したフライングコートといいまして、350グラムしかない世界でいちばん軽いオーバーコートです。ギネス世界記録に申請中です。

林:厳寒の中で選挙活動が行われた今回の都知事選でもこのコートが大活躍だったわけですね。それにしても選挙結果は残念でしたね。

中松:実は私は政治が嫌いだし、バッジなんてまったく魅力を感じないんです。

林:えっ、それなのになぜいつも立候補されるんですか。

中松:理由がありまして、昭和20年の春、藤村義朗中佐という海軍武官がスイスにいて、そこにアメリカ大統領の使者が来まして、和睦しようじゃないかという話になったんです。満州も残す、朝鮮半島も残すという非常にいい条件を提示してきたんですが、結局それはダメになって、その藤村義朗さんが終戦で日本に帰ってきたんです。

林:はい。

中松:偶然ですが、私の自宅の2、3軒隣が藤村さんの自宅でして、私を海軍の後輩として弟のように可愛がってくださいました。彼は残念ながらがんで亡くなるんですが、その病床で私に「君が総理になってこの日本を立て直してほしい」と言って亡くなったんです。その遺言で私は選挙に出ているんです。

林:そういうことだったんですか。

週刊朝日  2014年3月7日号


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