あの人が生きていたら、この時代をどう書いただろう―――今もその不在が惜しまれる不世出のコラムニスト・ ナンシー関の死去から、この6月12日で10年になる。独特な観察眼と切り口が魅力のナンシー氏。無類の格闘技好きの一方で、私生活では生涯独身を貫いた。そんな彼女が「嫁になりてーー」と思わず叫んだ格闘家がいるという。

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 ナンシーと格闘技といえば忘れられない挿話がある。

 総合格闘家のヒクソン・グレイシーが98年、2年連続でプロレスラー・高田延彦との試合に勝利をおさめた後で、ナンシーは「ヒクソンの嫁になりてーー」と叫んだ、という。その叫び声を開いた放送作家の押切伸一は、こう語る。

「その対戦の前(95年)に高田が選挙に出たりしたことが、ナンシーにはちゃらちゃらしているように見えたこともあったんでしょうね。ヒクソンが、その高田をあっさり破ったんで『嫁になりてー!』という叫びになったんだと思います。試合の後で何人かと寿司屋で飲んでいるときでしたね。きっとナンシーは、ヒクソンのルックスというのではなく、そのたたずまいとかに惹かれてたんじゃないかな。女性として惹かれたというより、嫁になりたいと思うぐらい私はヒクソンの強さを認めた、ということだったと思っています」

 ナンシーの妹の真里はそれを知って大いに驚いたという。

「相手がヒクソンだったからというわけじゃないんです。お姉ちゃんは20代のころから家では結婚しないと言っていましたから。お姉ちゃんが亡くなった後に、ヒクソンの話を開いたときは、ああ、お姉ちゃんが結婚したいって言うんだ、という意表を突かれた思いでしたね」

 私の取材した限り、生涯独身だったナンシーが公衆の面前で"愛の告白"をしたことは、これが最初で最後のことである。

※週刊朝日 2012年6月1日号