音楽評論家として活躍している湯川れい子さんが、戦後間もない中学時代にひかれたのは、アメリカの音楽だったという。夢中になって聴くうち、次第に英語にも興味がわいてきた湯川さんは、英語習得のために母親が激怒するような奇抜な行動をとったそうだ。音楽ライターの和田靜香氏が当時の様子を次のように書く。

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 音楽をむさぼるように聴いているうちに、自然と英語への興味が高まってきて、

「アメリカの人と英語で話してみたい!」

 そう思うようになった。脳裏に浮かんだのは、少し前に見た映画『哀愁』。ロバート・テイラーとヴィヴィアン・リーの悲恋物語で、テイラー演じる将校に憧れていた。しばらく考えた末に、「そうだ!」と、とんでもないことを思いついた。

 当時、有楽町の東京宝塚劇場は進駐軍に接収され、兵士の慰安のためにショーを上演する「アーニー・パイル劇場」となっていた。湯川は雨の日に劇場の前に立ち、将校らしき人が出てくると、駆け寄って傘をさしかけて言った。

「お送りしましょうか」

 歩いてほんの数分のGHQ(連合国軍総司令部)まで送ろうというのだ。相手はギョッとして「どうして?」と尋ねた。何せ制服姿の中学生。湯川は、「英語の勉強がしたいんです。あなたが英語で話してくれたら、その間、私は傘に入れてあげます」と、家でこっそり何度も練習したとおりに答えた。

 それから2度、3度、劇場に通った。でもある日、こんな楽しいことがあるの、とばかりに母に話すと、これが怒られたのなんの。

「なんて恥ずかしい。そんな物ごいのようなことをして!」

 もう二度と行かないと誓って、なんとか許してもらった。

※週刊朝日 2012年5月18日号