フィリピンの首都マニラから西へ80キロのバターン半島西岸の町、モロン。そこに東南アジア初の原発がある。しかし、その原発は一度も稼働したことがなく、昨年5月には観光地としてデビューした。現地学生たちと一緒に見学ツアーに参加してみると、日本の原発運営の杜撰さが見えてきた。

「バターン原子力発電所(BNPP)」は36年前、東南アジア初の原発として、マルコス独裁政権が建設を開始し、1984年にほぼ完成した。ところが86年、「ピープル・パワー」で政権を奪取したコラソン・アキノ大統領(現大統領の母)は、稼働中止を決定。以来、毎年1億円近い維持費を使いながら、いまだ初稼働の日を迎えられていない。

 BNPPは予算の倍近い、23億ドルを投じて建設された。その費用は2007年に払い終えたばかり。着工3年後に起きたスリーマイル島原発事故で、同じ加圧水型軽水炉であるBNPPは、工事の中断と安全性強化を余儀なくされ、建設コストが上昇。その後、86年のチェルノブイリ原発事故で、稼働開始にストップがかかった。

 昨年初めには旧マルコス派議員により、BNPPの修復と稼働を求める法案が提出されたが、福島原発事故がこれを吹き飛ばした。

 電力不足の解消と化石燃料への依存を減らす道を探るフィリピンでは、原発推進の声が根強くある。一方で、BNPP製造元の米ウェスチングハウスとマルコス元大統領の賄賂問題や、建設反対運動への激しい武力弾圧など、ネガティブなイメージが強い原発に、断固反対の人も多い。

 BNPP周辺では、「地域活性化のために稼働に賛成」と言う住民もいれば、「フクシマのような放射能汚染が怖い」と言う人も。庶民の中には自国に原発があることを知らない人もいる。

 フィリピンの原発を見ると、日本の原発運営の杜撰さを再認識する。水素爆発を防ぐために水素を酸素と結合させて水に戻す"再結合装置"や、放射性物質の放出を防ぐ"ベントフィルター"等、福島第一原発にないものが、BNPPにはある。
「動かない原発」は私たちに多くの課題を突きつける。

週刊朝日 2011年5月4・11日合併号