JAXAが水面下で進める「日の丸アポロ計画」の全貌  〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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JAXAが水面下で進める「日の丸アポロ計画」の全貌 

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 203X年--種子島宇宙センターから、H2級ロケット6本が、次々と打ち上げられた。

 上がったのは、日本人初の月着陸を目指す6機の船団だ。有人の「日の丸宇宙船」は、3人乗りだった米国のアポロ宇宙船より一回り小さい2人乗り。そして「月着陸船」。残る4機は「軌道間輸送機」と呼ばれるロケットで、宇宙空間で2機ずつつながり、宇宙船と着陸船をそれぞれ月まで運ぶために使われる。

 米国のサターンVのような大型ロケットがあれば、軌道間輸送機の機能も併せ持つアポロ級の大型宇宙船を打ち上げることができたが、日本のH2B増強型では、サターンの2割程度の打ち上げ重量しかないため、いくつかの部品に分けて打ち上げ、軌道上で組み立てるしかない。

 こうして3日間の月飛行が始まる。

 宇宙飛行士は2人。狭い船内の生活は大変だが、国際宇宙ステーションで長期滞在した経験が役に立つ。

 月の周回軌道に入ると軌道間輸送機を切り離し、宇宙船と着陸船をドッキングさせて、飛行士たちは着陸船に移る。いよいよ着陸だ。

 1969年に人類初の月着陸に成功したアポロ11号は、着陸船のコンピューターが処理能力オーバーに陥り、最後は一部手動で着陸した。

 だが、日の丸着陸船は全自動だ。なぜなら、着陸地点には、すでに多くの日本の無人探査機やロボットたちが先着していて、着陸誘導装置などを設置し、人間の到着を今か今かと待ちかまえているからだ。

 アポロ11号のアームストロング船長が「一人の人間には小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」と言って降り立った月への第一歩。あの時、月から届いたのは、着陸船のカメラがとらえた宇宙飛行士のぼんやりした映像だった。

 しかし、日本人宇宙飛行士の第一歩は、事前にロボットたちが月面に設置したカメラによって、鮮明なハイビジョン映像でお茶の間に生中継される。うれしそうに手を振るロボットたちに、飛行士たちが駆け寄る。それはさながら、南極に残した愛犬との再会を果たした観測隊員のようだ......。

 以上のシミュレーションは、日本の宇宙開発を担う宇宙航空研究開発機構(JAXA)内で検討されている「有人月探査計画」に基づいたものだ。もちろん計画はまだ発表されていないし、予算がついているわけでもない。

 「でも、技術的には十分可能です。日本人宇宙飛行士が多数参加した『国際宇宙ステーション』や、小惑星に軟着陸して戻ってきた無人探査機『はやぶさ』など、進行中の計画で得られる技術を大成すれば、2030年代にも日本人を月に送り込めます」

 JAXAの「月・惑星探査プログラムグループ」の佐藤直樹・技術領域リーダー(46)は、そう明言する。

 例えば、日の丸宇宙船はまだ存在しないが、その原形はすでにある。

 昨年9月、日本は空気が保たれた与圧部付きの無人貨物船を国際宇宙ステーションまで無事送り届けた。HTVと呼ばれる貨物船で、船内に食料品や衣類など真空では運べないものを入れた与圧部があった。宇宙ステーションの乗務員たちは、ここへ宇宙服なしで入って荷物を運び出した。

 「この与圧部だけで地球へ帰還できるように改良し、中に人間が乗り込めば、それはもう日の丸宇宙船なのです」(佐藤氏)

 もちろん、荷物と人間では求められる安全性の高さが違う。人間が生活できるように酸素や室温などを保たなければならない。

◆月着陸に役立つはやぶさの技術◆

 さらに、人間が耐えられる加速度で大気圏に突入し、地上に帰還できる制御技術や、発射時にロケットが故障しても居住部分だけ脱出させる緊急ロケットの開発なども必要になるが、
 「すでに我々は国際宇宙ステーションの実験棟『きぼう』で、長期滞在の実績があります。さらに地球帰還でも、『はやぶさ』のカプセルを、オーストラリアの予定地に正確に降ろすことに成功しました」(同前)

 HTVは2015年まで、毎年1機ずつ宇宙ステーションへ向けて打ち上げられる予定だ。そして、与圧部を地球に帰還させる改良は、早ければ16年にも実現しそうだという。

 佐藤氏によれば、その先にある日の丸宇宙船は「2020年代半ばにも実現可能」な距離にあるのだ。

 それでも、月への飛行や着陸は、日本人にとって未体験ゾーンであることに変わりはない。だが、「月・惑星探査プログラムグループ」で、この計画を担当する橋本樹明教授(47)は、
 「そのために、無人探査機による月着陸計画『セレーネ』があるのです」
 と自信たっぷりだ。

 セレーネ計画は07年、すでに1号機「かぐや」を月周回軌道に入れ、ふだんは見えない月の裏側の重力分布図を作製するなど大きな成果をあげた。月への飛行は無人ながら、すでに成功しているわけだ。

 そして15年には2号機で無人月着陸を目指す。東京・調布のJAXAの研究施設では、着陸船の開発準備がすでに進行中だ。月面に見立てた地面に、小型の無人着陸船の模型をさまざまな条件で落下させる実験が繰り返されている。

 「ここでも『はやぶさ』の技術が役立ちます。月よりはるかに遠い小惑星に、数十メートルの精度で着陸できた技術を使えば、高精度の月着陸が可能です」(橋本氏)

 さらに20年には、3号機でいよいよ、月で集めたサンプルを地球に持ち帰る無人往復旅行に挑戦する。

 サンプル採集に不可欠な月面車の試作も始まっている。同じ調布の施設に月面そっくりの実験場があり、金色に輝くロボット月面車がいた(写真右)。担当する「月・惑星探査プログラムグループ」の西田信一郎・研究開発室長(54)は、
 「月では車輪が埋まらないようにするのが、いちばん苦労する点なんです」
 と笑顔で語る。

 地球の6分の1の重力しかない月面では地盤が締まっていないため、「レゴリス」と呼ばれる月特有の細かな砂に車輪が埋まって動かなくなってしまう。アポロが持ち込んだ月面車も何度も動かなくなり、宇宙飛行士が押し出した。

 「まるで新雪の斜面のようなものです」(西田氏)

 そこで開発したのがキャタピラ付き車輪だ。

 二重になった金属製キャタピラを3個の車輪で回し、月面を軽く踏み固めながら進む。戦車のような長いキャタピラは車輪が多くて故障の恐れがあるが、これなら車輪数を最少にできる。最高速度は秒速20センチだ。

 「有人月面車なら、人間が操縦してくれるので、造るのはもっと簡単です」(同前)

 再びシミュレーションに戻ろう。

 日本が着陸するのは月の南極だ。アポロが着陸したのは、「海」と呼ばれる平地が多かったが、南極は厳しい山岳地帯。それでもここを選ぶのは「越夜」しやすいからだという。

 「越夜」とは、月の夜を越すことだ。月の一日は地球の29・5日間に当たる。そのため、赤道付近では2週間近く夜が続く。

 夜間は温度が零下約170度まで下がり、エネルギーを太陽光発電に頼るしかない機器は、「翌朝」まで電池がもたない。極めて厳しい環境なのだ。

 ところが、南極の場合は、緯度の違いから、夜は地球の5日間程度しか続かない。そこで、南極付近にある「シャックルトンクレーター」の縁にある東西2キロ、南北500メートルの細長い滑走路のような丘が、有力な着陸候補地として検討されている。

 セレーネの3号機は初めてこの南極に着陸し、一足先にロボット基地を建設する予定だ。

 南極なので太陽光がいつも真横から降り注ぎ、地表には山や丘の影が長く伸びて、アポロで見た月とは違う独特の雰囲気だ。

 飛行士らはここで2週間程度過ごす。その間、事前に送り込まれた月探検車を使い、地質調査などに繰り出すことになる。

 月の誕生については、原始の地球に巨大隕石が衝突し、地球の一部がはぎ取られて生まれたとする「ジャイアント・インパクト」説が有力になりつつある。

 月の内部構造がわかり、その証拠がつかめれば、世界的な発見につながる。

 さらに、有人月着陸を成功させたさまざまな技術は、日本の産業界に多くの成果をもたらす。特に最大の貢献をしたロボットたちは、「はやぶさ」以上に注目を集めるだろう。

 過酷な月の環境でも着実に仕事をこなすロボット技術は、白熱する世界のロボット開発競争で日本の実力を見せつけることになる。その姿を見て、多くの若者が技術者を志すという副次的な効果もありそうだ。

 はやぶさにセレーネ、国際宇宙ステーション......。一見バラバラに見える日本の宇宙開発は、実は、有人月着陸めがけて一直線につながっているのだ。

 この壮大な計画の最大の課題は、総額で数兆円に上る巨額の開発費である。JAXAの試算によれば、日の丸宇宙船の開発だけで1兆円近くかかる見込みだ。

 現在の日本の宇宙開発予算は年3千億円強。その数倍が必要になるわけだ。

 果たして財政危機の日本に負担できるのだろうか。

 政府の事業仕分けに仕分け人として加わった松井孝典・千葉工大惑星探査研究センター所長(64)は、こう断言する。

 「日本の経済力で、数兆円もかかる有人飛行は不可能だ。危険でコストが高い有人飛行よりも、無人探査機で、日本ならではの観測を多数試みるほうが、科学的価値が高いのではないか。JAXAの計画では、とにかく月へ行くことが前提となっていて、なぜ火星でも木星でもなく月なのか、という基本的な議論すらできていない」

◆決断しなければ宇宙でも二流国◆

 さらに、日本の関係者を戸惑わせているのが、米国の宇宙計画の迷走だ。

 オバマ政権は2月、スペースシャトル計画の年内打ち切りと、ブッシュ前政権が提唱した有人月探査を柱とする「コンステレーション計画」の中止を発表した。

 4月には、2030年代半ばに火星へ人を送り込む「新宇宙政策」を打ち出したが、実現するかどうかは未知数だ。

 日本の有人宇宙開発には米国の協力が欠かせない。米国の月着陸計画中止の報を受け、JAXAには衝撃が走った。

 その余波で、日本の宇宙開発計画を作成する内閣官房宇宙開発戦略本部の懇談会が7月にまとめた「我が国の月探査戦略」では、日本の探査はロボットによる無人探査とされ、有人宇宙船も「2020年ごろまでに実現の見通しを得る」にとどまった。

 つまり、有人宇宙船も有人月着陸も、日本の宇宙計画には、まだ入っていないのである。

 こんな日本を尻目に、欧州やロシア、インドなどが宇宙開発を加速させている。

 なかでも、経済成長著しい中国は、日本より早い2025年の有人月着陸を狙っていると言われる。

 有人宇宙船「神舟」は03年の初有人飛行以来、3回飛行し、08年には宇宙遊泳もした。早ければ11年に、独自の宇宙ステーション「天宮」を建設するという。

 中国の無人探査機「嫦娥」は07年11月、日本の「かぐや」に遅れること1カ月で月周回に成功した。今後、13年には後継機が月に着陸し、18年には採集したサンプルをカプセルに載せて地球に送り返す予定だ。

 ロボット探査では世界トップクラスを自任している日本だが、セレーネ2号が月に着陸するのは15年の予定。計画段階ですでに、中国に2年も後れをとっているわけである。

 関係省庁の幹部の間では、
 「今さら有人月着陸で国威を発揚している場合か」
 「惑星探査は国際協力なしには不可能。ならば日本の独自性が出せるロボット探査に特化すべきだ」
 といった現実論が根強い。

 しかし、JAXAの長谷川義幸執行役(59)は、危機感をあらわにする。

 「有人月着陸を断念したら、日本は宇宙開発の『二流国』になってしまうでしょう。今後、米国が火星探査計画を進める時には、有人技術を持たない日本ではなく中国が、米国のパートナーとなる可能性が出てくる。このままでは、日本はロボット探査の分野でも中国に抜かれてしまいます」
 『小惑星探査機 はやぶさの大冒険』(マガジンハウス)の著者、ノンフィクション作家の山根一眞氏(62)は、
 「『はやぶさ』になぜ、あれほど多くの人が心を動かされたのか。国民がもっと宇宙を知りたいと願ったからではないでしょうか」
 と問題提起する。

 「お金の話だけしていても展望は開けません。自動車もエレクトロニクスも中国に追いつかれている今、科学技術立国しか生き残る道のない日本にとって、その究極の分野である宇宙開発は必須です。10年先、20年先の日本のために、今こそ思い切って予算をつけるべきなのです」

 これまでも日本は、国産ジェット旅客機やリニア新幹線で苦汁をなめてきた。

 技術開発では先行していたのに、「採算がとれない」として、実現に向けて動き出そうとせず、そうこうするうちに欧米や新興国に追い上げられた。ようやく重い腰を上げた時には、ライバルたちはすでに日本の技術を研究し尽くしていた。

 宇宙開発で同じ轍を踏むことは、もはや許されないが、宇宙に技術立国の新たな土台をうち立てようとするかどうかは、最後は政治判断で決めるしかない。

 菅改造内閣で、宇宙開発戦略本部は、前原誠司前国交相から海江田万里経済財政相の管轄へ移った。

 月に日本人が立つ日は来るのか。新内閣の度量が問われている。 (本誌・三嶋伸一)

 

◆宇宙の民間開放はもう始まっている◆

 巨額の宇宙開発費を軽減する方策の一つは、有人飛行を民間企業に委ねることだろう。米国のオバマ政権はすでに多額の予算を用意し、国際宇宙ステーションまでの有人飛行に民間企業が参入するよう呼びかけている。

 参入企業の一つがスペースX社だ。今年6月には、自主開発した宇宙船「ドラゴン」の試験体を、自社ロケットで軌道へ投入することに成功した。同社の打ち上げコストは日本の半分強といわれている。

 航空機業界最大手のボーイング社も今夏、参入を発表した。7人乗りの新型宇宙船「CST-100」を2015年までに完成させ、宇宙旅行会社スペースアドベンチャーズと提携して、宇宙ステーション訪問の旅を販売するという。料金はソユーズ宇宙船(1人35億円)以下を目指す。

 もっと低高度の宇宙旅行なら、リチャード・ブランソン氏が設立したヴァージン・ギャラクティック社が、近く開業を目指している。数分間の無重力状態を体験できるお値段は2千万円ほどだという。

 日本では元ライブドア社長の堀江貴文氏が、将来の有人飛行を見すえて、自らの会社で小型ロケットの開発に取り組んでいる。

 「世界初の人工衛星スプートニクが打ち上げられて半世紀余り。衛星軌道までなら、もう高度な技術はいりません。国があえてやる必要はないのでは。まず、小型ロケットの量産でコストを下げて、衛星なら1千万円で打ち上げられるようなビジネスを考えています」(堀江氏)

 宇宙と言えば長年、国家の専権事項だった。しかし、大手ゼネコンで宇宙事業にかかわり、宇宙ビジネスのコンサルタントになった大貫美鈴さんは、こう指摘する。

 「日本ではまだこれからですが、米国ではすでに多くの企業が参入しています。宇宙の商業化は今、急速に進みつつあるのです」


■世界各国の惑星探査計画(JAXAの資料や報道による)

日本 <2000年代>
   ○無人探査機「かぐや(セレーネ1号)」が月を周回
   ○無人探査機「はやぶさ」が小惑星に軟着陸し、地球に帰還

   <2010年代>
   ○「セレーネ2号」が月に着陸(2015年)
   ○無人貨物船「HTV」の改良型を開発して無人地球帰還技術を獲得(2016年)

   <2020年代>
   ○「セレーネ3号」が月に無人基地建設(2020年)
   ●有人宇宙船で地球周回(2020年代半ば)

   <2030年代>
   ●月に有人着陸
 
中国 <2000年代> 
   ●有人宇宙船「神舟5、6、7号」が地球周回(2003~08年) 
   ○無人探査機「嫦娥1号」が月を周回 

   <2010年代> 
   ●宇宙ステーション「天宮」建設 
   ○「嫦娥」後継機が月に着陸(2013年) 

   <2020年代> 
   ●月に有人着陸(2025年)  
    
インド <2000年代>
    ○無人探査機「チャンドラヤーン」が月を周回

    <2010年代>
    ○「チャンドラヤーン」後継機が月に着陸
    ●有人宇宙船で地球周回  
    
ロシア <2000年代>
    ●有人宇宙船「ソユーズ」が国際宇宙ステーションとを往復

    <2010年代>
    ●「ソユーズ」に次ぐ新型宇宙船の開発

    <2020年代>
    ●ロシア独自の宇宙ステーション建設 

欧州  <2010年代>
    ○無人探査機が月着陸(ムーンネクスト計画)
    ○無人探査機が火星着陸

    <2020年代>
    ●有人宇宙船で地球周回

    <2030年代>
    ●火星に有人着陸

米国  <2000年代>
    ●スペースシャトル計画

    <2010年代>
    ●新型宇宙船「オリオン」の開発(2018年) 

    <2020年代>
    ●小惑星への有人飛行

    <2030年代>
    ●火星に有人飛行

 (●は有人宇宙船による計画、○は無人探査機による計画)


週刊朝日


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