暖かい季節になってくると、全国どこでも普通に見られる小さなトカゲ・カナヘビ。昭和年代に子供時代をすごした男性なら、おそらく誰もが夢中で追いかけ、捕まえた思い出があるでしょう。戦後一貫して日本が都市化し、身近な野生脊椎動物が減少する中、カナヘビとヤモリ、コウモリは常に人里近くに寄り添い続けてきました。中でも昼行性であるカナヘビは、春から秋、ちょっとした空き地や草むらにもたくさんいて、ミニチュア恐竜のようなその姿で、男の子たちに愛され(虐待され?)てきたアイドルでした。
でも、どうして正真正銘トカゲなのに、カナ「ヘビ」なのでしょう?その由緒には実にややこしい理由がありました。

ヘビじゃないのにヘビ?カナヘビの名前の謎

カナヘビ、正式にはニホンカナヘビ(Takydromus tachydromoides)は、有鱗目トカゲ亜目カナヘビ科カナヘビ属に属する爬虫類で、日本列島本土全域で普通に見られ、日本のトカゲの代表種であるとともに、日本列島のみに生息する固有種です。成体の体格は全長150~250mmほどですが、全長のうち3分の2から4分の3(75%)ほどを占める長い尾が特徴です。体色は、背面から側面にかけて茶褐色から黄褐色、おなかの側は白っぽく、やや黄色味を帯びます。うろこには一つひとつに小さな隆条があり、さわるとざらざらした感触で、つや消し効果があり、爬虫類独特のぬめぬめとした印象がなく、親しみやすい印象を与えるようです。
顔立ちも瞳のはっきりとしたぱっちりとした目が可愛らしく、つかまえて観察すると瞬きをしたり口を開けて小さく鳴いたりなど、表情豊か。
ここから「カナヘビ」という呼び名は、「愛らしい」「可愛らしい」を意味する古語の「愛し(かなし)」から来ている、とする仮説が一般的によく語られます。ちょっと素敵な説ですが、これは残念ながら俗説。「カナ」と名のつく生物は、たとえば植物だとカナムグラ。これは「鉄葎」で、強靭な茎を金属の鉄に喩えたことからついたもの。昆虫ではカナブンがいますが、漢字で書くと金蚉、金蚊で、ハナムグリの仲間で金属光沢のある種を○○カナブン、とかコガネムシ(黄金虫)とか呼ぶもの。また、カナフグ(金河豚)も、金褐色を帯びた色彩からそう名づけられています。
「カナ」を「可愛らしい」という意味で名づけられた生物はいないのです。ですから、カナヘビの「カナ」も、金属や金属光沢から名づけられていること、つまり「金蛇」で間違いありません。
けれども前述したように、カナヘビは爬虫類には珍しく光沢のない種で、金属光沢には程遠い色をしています。その上ヘビでもないのにヘビ。カナもヘビも、まったくのミスマッチな名前です。

カナヘビ。ツヤのないからだと長い尻尾が特徴
カナヘビ。ツヤのないからだと長い尻尾が特徴

カナヘビといわれていたのは、メタリックなあいつのことだった

実はかつてはカナヘビと呼ばれていたのは今で言うカナヘビではなく、日本列島のもう一つの代表種、ニホントカゲ(Plestiodon japonicus)のことでした(ニホントカゲは、DNA解析により近年三種に分けられ、主に本州西部から西日本に分布するのがニホントカゲ、東日本には亜種ヒガシニホントカゲ、伊豆半島から伊豆諸島には近縁種オカダトカゲが分布する、ということにされていますが、その差異は微妙で、実際のところそうした分布域が正確かどうかも怪しいため、ここでは便宜上まとめてニホントカゲとします)。
全長はほぼカナヘビと同じくらいですが、尻尾はずっと短く、その分胴体はカナヘビよりも大きく、がっしりした印象です。幼体の頃はオスメスとも尻尾は鮮やかなメタリックブルーで、胴体は黒または藍色の地に5本の水色の縦じまが入ります。大人になると、メスは尻尾の青はそのまま残り、オスは全身がこげ茶に黄色のストライプが入り、繁殖期にはさらに赤みを帯びて独特の赤銅色になります。そしてかわいた感じのカナヘビと違い、爬虫類らしいテカテカとした光沢を帯び、まさに「金」=カナにふさわしいのはニホントカゲのほうだと一目でわかります。
民俗学者の柳田国男は、「西は何方」(1948年)において「東部日本の人々は一般に、蜥蜴に二種あることを認めている。(中略)一方が只のトカゲで他の一方はカナヘビ、或は青蜥蜴と謂って彩色の鮮やか」と、東日本の人々は二種類のトカゲの存在をよく知り、ひとつは「ただのトカゲ」もう一つは「彩色の鮮やかな青トカゲ」でそれを「カナヘビ」という、と記し、明らかにニホントカゲをカナヘビとしています。現在でも、栃木県など、特に関東近辺では、ニホントカゲをカナヘビという地域が残っています。
それがどうして変化したかといえば、明治期、日本の動植物の正式和名を決定する際、いわゆる「青トカゲ」の方を、日本の代表的固有種であるとして「ニホントカゲ」の名を冠したことによります。それでも民間でその名前が定着するのには時間がかかり、未だにニホントカゲをカナヘビと呼び習わす地域もある、というわけです。

ニホントカゲのメス
ニホントカゲのメス

では、どうしてヘビでもないのにカナ「ヘビ」なのかというと、古くはトカゲのことを「ヘビノジ」=蛇の父/爺、と呼び習わし、トカゲはヘビの親とか先祖、親戚である、という民族伝承があったからです。その他、蛇神の使いがトカゲである、という信仰もありました。これらの民間信仰は、ヘビノジのほか、ヘビノオバサ、ヘビノバンド(バンドは伝令という意味)、ヘビノイシャなどの名もありました。つまり、カナヘビの「ヘビ」は、これら「ヘビノ○○」が略されて残ったものなのです。
ではカナヘビはかつてはどう呼ばれていたのか。というと、カマキリとかカマギッチョなど、昆虫のカマキリと同じ名前で呼ばれていたことがわかっています。これは、とかげ全般をあらわす「カガミチョ」(カガまたはカガミはヘビの異称で、チョは、その眷属とかしもべというような接尾語でしょう)からカナチョロ、カマチョロなどと変化し、バッタ類をあらわす「ギッチョ」のチョと、カナとカマなどが混同され、いつの間にか同じ名前になってしまったものと思われます。
つまりややこしいことにかつてはニホントカゲがカナヘビ、カナヘビがカマキリといわれていた、ということになりますね。
ニホントカゲとカナヘビは、生息域はかぶっていますが、特技は真逆。ニホントカゲは強い前足で土を掘るのが上手く、冬眠以外の通常の睡眠でも、土を掘って地面にもぐり眠ります。産卵のときにも地面の中に巣を作り、そこで子トカゲを産んで、大きくなるまで育てます。
一方、カナヘビはさほど土にはもぐりません。卵も産みっぱなしでほったらかし。ただ身軽な体で木登りや塀のぼりを苦としません。そのためカナヘビは、高い塀や建造物などの障壁の多い市街地でも、自由に乗り越えて繁殖地や餌場を広げられるのに対し、垂直移動の苦手なニホントカゲは、限定された地域に閉じ込められて、市街地では絶滅することが多くなります。山や森に行くとニホントカゲが多いのに、市街地ではカナヘビよりも見かける頻度が低いのはこのためです。

秘技「トカゲの尻尾切り」は、命がけの大技!

さて、トカゲというと、もっとも有名な成語・ことわざは「トカゲの尻尾切り」でしょう。人間社会では、組織の領袖が保身のために末端構成員に責任を押し付ける、という意味に使われ、イメージはよくありませんが、本家トカゲの尻尾切りは、正真正銘自分自身の大切な尾を切り離す行為ですから、そのような汚い行為とは違います。
カナヘビもニホントカゲも、そしてトカゲの仲間のヤモリも、ピンチに陥ったとき尻尾切り、正式には「自切」を行います。トカゲにとって尻尾は栄養を溜め込み、日射面積を上げて体温を上げ、運動時にバランスをとりすばやく動く舵と推進力の役割を果たす重要な器官。これを危機に際し自ら切り離して捕食者に差し出す代わりに本体が逃げるという荒業です。並大抵のことではないのです。
尻尾は切り離したあともしばらく(数十分ほど)はランダムに活きているように動き続けるので、捕食者の気を引く機能も十分。
自切の仕組みは、尻尾の中心を通る尾椎の、一つひとつの椎骨の真ん中付近に、二次的軟骨と呼ばれる切り離れやすい箇所があり、この位置に沿って筋肉や脂肪組織にも隔膜と呼ばれる切断しやすい構造があり、これを脱離節といいます。切り取りのミシン目がいくつもあるようなイメージでしょう。尻尾付近を押さえつけられて捉えられそうになったとき、反射的にこの尻尾のどこかの脱離節隔膜の周辺の筋肉が収縮し、椎骨がひっばられて中央部の軟骨がちぎれ、すっぱりと尻尾が分断されます。
尻尾は、自切した場合のみ、切れた箇所から再び再生しますが、再生した箇所は骨はなく、芯は軟骨で作られています。能力上、一度切れた尻尾よりもさらに近い部分では自切面は残っていますから、何度でも自切は可能ですが、尻尾切りは激しくトカゲの体力を消耗しますので、場合によっては自切したことにより衰弱したり、運動能力が落ちて(実験では、20%前後も運動能力が落ちたといわれます)命を落とすこともあるというほどつらい大技。二度も三度も切っていては、命そのものを落としてしまう危険性が高いため、一般的に「トカゲの尻尾切りは一度きり」といわれます。
尻尾を切ったトカゲは、しばらくすると尻尾を落とした場所に戻り、自分の尻尾が残っていればそれを食べてみずからの栄養にするといわれます。もし、切れた尻尾が落ちているのをみつけても、持ち帰ったりつぶしたりせず、そのままにしておいてあげてください。
カナヘビもニホントカゲも、決して生きやすいとは言えない都市環境で、必死にけなげに生きている小さな野生動物です。大切に見守ってあげたいものです。