【地球の旅人 東苑泰子の東遊西撮記 ユーラシア横断編】第3回 中国新疆ウイグル自治区とパキスタン北部|AERA dot. (アエラドット)

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【地球の旅人 東苑泰子の東遊西撮記 ユーラシア横断編】第3回 中国新疆ウイグル自治区とパキスタン北部

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広漠たるシルクロードと奥の細道カラコルムハイウェイ

 

それにしても、この8月から9月にかけての1カ月間の道のりは、ざっと計算しても7370キロと、本当に長くてタフでハードだった。

 

中国青海省の高原の町から西寧を経て蘭州へ戻り、そこから河西回廊を張掖、嘉峪関と観光しながら敦煌まで1130キロ。そして敦煌から新疆ウイグル自治区のハミまで270キロ。ハミから、天山南路をコルラ、クチャと立ち寄りながら中国西端の町カシュガルまで1850キロ。そこから、古代のシルクロードの一つでもあるカラコルムハイウェイをバスで南下して、中国国境の町タシュクルガンまで300キロ。タシュクルガンから海抜4700メートルの世界一高い国境クンジュラブ峠を越えて、パキスタン北部のフンザまで300キロ。フンザからギルギットを経由し、海抜3800メートルのシャンドゥール峠を越えて、少数民族の住む西部のカラーシャの谷まで520キロ。カラーシャの谷から、東部のパキスタンの首都イスラマバードまでは、海抜3200メートルのロウリー峠を越えて550キロ。イスラマバードからフンザを経て、またカシュガルまで戻るのに1350キロ。カシュガルから西の国境イシュケタムを越えて、キルギス南部の町オシュまでが440キロ。そして今滞在中の首都ビシュケクまで、オシュから660キロだった。この1カ月ちょっとで、甚だしい距離を移動したものだと思う。カラーシャの谷とキルギスで祭りを見るために急がざるを得なかったとはいえ、まるで何かに取り憑かれたように、休まず進み続けた毎日だった。

 

その移動も、平野を新幹線のような特急電車で突っ走るだけではなかった。カラコルムハイウェイは、世界の屋根といわれるパミール高原をローカルバスを乗り継いで走り、時には富士山より標高の高い峠を越え、急峻な谷間を渡った。ハイウェイとはいえ、行程の半分以上が未舗装、土砂崩れ直後で道が封鎖され、整備のために待たされたこともあった。パキスタンに入ってからの悪路は、今までインドや南米をバスで回った私でも、「これはきつい」と思えるほど。石を敷き詰めた悪路を、おんぼろの二乗のようなバスが、時速10キロでえっちらおっちらと上っていく。山道なので曲がりくねっていて、100キロ進むのに、6時間はかかった。一日バスに揺られるだけでも大変疲れる上に、夜は停電のため連絡も写真の整理も出来ない。そして翌朝、また数百キロ先の次の町を目指してバスに乗る。観光や町歩きより、移動に費やした時間の方が圧倒的に長い。つまり、名所を訪ねるためのルートではなく、その「道を行くこと」自体が、この間の旅そのものだった。

 

ともかくビシュケクに到着し、この先の「~スタン」という国々のビザが出るのを待っている。その間、疲労困憊した体を数日間にわたって癒し、毎日違うものを見てオーバーロードしていた頭を静め、写真を整理しながら、ようやく落ち着いてPCの前に座ることができた。

 

■ユーラシア横断編 これまでの連載はこちら

地球の旅人 東苑泰子の東遊西撮記 ユーラシア横断編

 

■東苑泰子さんの他の連載はこちら

地球の旅人 東苑泰子の東遊西撮記

 

<プロフィール>

ひがしぞの・やすこ/東京都出身。ニューヨーク近代美術館でインターン中、世界中から集まる人々に出会って地球の広さに衝撃を受け、キャリアを変えて世界を見る旅をするために?結婚! 海外勤務もあるサラリーマンの夫に励まされ、これまで訪れた国は100カ国以上の「旅主婦」。翻訳家の父に鍛えられた語学力と健脚・健啖を活かして諸国を歩き、出会った人々、その街・その国の風景を抜群の反射神経でパチリ。ミャンマー祭り2013 日本・ミャンマー交流写真展、優秀賞受賞


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