自民圧勝で終わった参院選。作家の室井佑月氏は、選挙期間中に感じていた各候補者の違和感を指摘する。

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 この原稿がみなさんの目に触れる時には、参議院選挙は終わっている。選挙期間中、たくさんの候補者や政治家の演説をネットで観た。まるで同時並行で二つの世界があるように思えたのは、あたしだけだろうか。

 ある政治家は、「日本の経済は間違いなくよくなってきている」と、力強く語った。農業に携わっている人の多い県で演説を行い、「農業、農村の収入を10年間で倍増させる。この計画を前に進める」と訴えた。この方は、「1人あたりの国民総所得(GNI)を10年後に150万円以上増やす」ともいっていた。

 ある候補者は、「来年4月は消費税増税で、13兆5千億も国民の負担増になる。格差は広がっている。今、非正規雇用は2千万人以上、働いている人間の38%、女性では58%です。これで国民の暮らしぶりが良くなるわけがない」と訴えた。

 またある候補者は、「国の食品の安全基準は1キロあたり100ベクレル。それは、東京電力原発事故の前、放射性廃棄物と同等でした。黄色いドラム缶のなかに入れて、厳重に管理されなければならなかったものを、僕たちは食べさせられている。流通できないものが出てきたとすると、生産者に対して、補償、賠償をしなくちゃいけなくなるから」と語った。

 はじめにあげた方は安倍首相で、次にあげた方は共産党の西沢博さん、そして最後の方は山本太郎さんだ。3人ともおなじこの国の話をしている。でも、そんなふうに思えない。まるで違う世界、二つの現実があるようだ。

 いや、そんなことはないのか。無理矢理、二つの現実を結びつけようとすれば、安倍さんの語る現実は、そういう諸々のことに目を瞑(つぶ)り、国として大きな目標を持とう、ということなのかもしれない。

 そして、多くの人々はそちらを支持した。(気の毒な人はいるかもしれないが、自分にはなにもできない、自分のことだけしか考えられない)と目を瞑るほうを選んだ。目を瞑って、強い力についていこうと。

 12日付の東京新聞の記事にこんなものがあった。「農業用水に汚染水340トン」。

 日本原子力研究開発機構が発注した除染モデル実証事業で、中堅ゼネコンの日本国土開発が、福島県南相馬市で生じた汚染水340トンを、農業用水として使う川に流していたそうだ。日本国土開発東北支店南相馬工事事務所の現場代理人は、排水先が農業用水に使う川だと知らなかったといいながら、取材にこう答えている。「(排水を)もうやっていいかなという理解だった」。

 なんだろ? このぬるい返答。国民の健康や命にかかわることなのに、重要な判断を任された人たちも目を瞑っているのだった。目を瞑って、目を瞑っている人についていくって怖くない?

週刊朝日 2013年8月2日号

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室井佑月

室井佑月

室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中

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