
また、「なぜ」と聞かれることの残酷さも実感した。
「なぜ、早く声を上げなかったのか」
「なぜ、逃げなかったのか」
「なぜ、電車を降りなかったのか」
刑事事件として構成要件該当性を認定するために、必要不可欠な質問だ。決して、被害者を責めているわけではない。しかし、自己嫌悪にとらわれて、多くの被害者は自分を強く責めてしまうのだ。
この夜から、青木さんの日常は一変した。
ひざに負った傷は、全治3週間と診断された。さらに、ホームで引きずられたときの恐怖がよみがえり、突然感情を爆発させて泣き出すなど感情がコントロールできない状況が、何カ月も続いた。
目を閉じると、痴漢をされた時のおぞましさや暴行を受けた場面が浮かび上がる。横になって寝られないことが、何日もあった。事件から2カ月半後、医師からPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された。恋人ともうまくいかなくなり、続けていた司法試験予備校の講師も辞めることになった。経済的な不安も追い打ちをかけた。
痴漢をした男とその刑事弁護人の対応にも傷つけられた。
男の弁護人と話し合いの場を持ったのは、一週間後。青木さんは膝関節を固定する器具を装着した痛々しい姿で部屋に入った。しかし、その姿を目にした弁護人の口からいたわりの言葉は出なかった。
男は、自分の痴漢行為をすでに認めている。しかし、男の弁護人の口から語られたのは、カネと言い訳だった。
30万円の示談金と、その額を用意するために「精一杯努力した」との苦労話と通りいっぺんの謝罪、痴漢被害についての聞き取りに終始した。青木さんのけがや心の傷について触れることはなかった。
事件の3カ月後、男は強制わいせつ致傷の疑いで書類送検された。
※記事の後編は<<痴漢されて当然だ? 被害に遭った女性弁護士に心無い言葉 専門家としての“防衛術”と弁護士の選び方>>に続く
(AERA dot.編集部・永井貴子)