0.4秒も0.2秒も一般の人のイメージでは「一瞬」だが、短距離選手の実際のスタートは非常に速く、通常の全身運動による単純反応時間よりもかなり短い。なんと、トップレベルの100メートル選手のスタートにかかる「反応時間」は、ほぼ0.2秒を切る。今回の東京五輪のメダルリストに限れば、金メダルを獲得したラモントマルチェル・ヤコブスの反応時間は0.161秒、銀のフレッド・カーリーは0.128秒、銅のアンドレ・ド グラスは0.155秒と、フライングをしていない人でも、通常の単純反応時間をはるかに上回る速さでスタートを切っている。

 神経を極限までとがらせるスタートで、フライングをしてしまうのには、「Speed-Accuracy Trade-off」(速さと正確性のトレードオフ)という性質が関係しているという。

「『Speed-Accuracy Trade-off』は、速くしようとすると不正確になり、正確にしようとすると遅くなることを示します。絶対フライングしたくなければ、ゆっくり出ればよい。でもそれでは勝てないので、リスクを冒して早さをとる。選手たちは、このせめぎあいの中で戦っているわけです」(同)

 選手が単純反応時間0.2秒を切ることができるのは、号砲が鳴る前の「位置について」「用意」のときにどんな状態で準備をしているかが大きく影響しているようだ。

「反応基準をSpeed側にギリギリまで倒して待っているということで、それゆえに誤反応が増えてしまう。彼らが『普通』でないのは、このトレードオフを本当に『ギリギリ』に設定できているという点。早すぎると一発失格というリスクの中でそれができるのが驚嘆に値します」(同)

 0.001秒の差が勝敗を分ける短距離走は、もはや常人を超えた瞬発力が必要とされているのだろう。

 ところで、男子100メートルでは準決勝でもフランイング失格で退場があった。東京五輪でフライングが目立ったような印象を受けたが、観客の有り、無しがスタートの判断に影響するのだろうか。

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あの桑田真澄いわく…