「出産後すぐに復帰したんですけど、本当にキツかった。彼は家事や育児を手伝ってはくれましたけど、やっぱり子どもが乳幼児の時の母親の負担って、父親とは比べものにならないくらい大きいじゃないですか」

 子育てを経験し、珠子さんはビジネスに対する考え方も少し変わってきた。それまでは、武司さん同様、ビジネスの拡大を夢見ていたが、少し規模を小さくしてでも、クライアントとゆっくりじっくり向き合っていきたいと思うようになった。

 武司さんは、珠子さんの気持ちを理解してくれなかった。とはいえ、これは珠子さんあってのビジネス。珠子さんが動かなければ、成立しない。稼働量が減るとともに、売り上げは減少していく。

「私はそれでよかったんです。スモールビジネスにして、子育ても仕事も楽しみたいと思いました」

 一方で、お金は必要だ。子どもが生まれて、これからますますお金がかかる。スモールビジネスなら、珠子さん一人でもまわせるから、武司さんの手伝いはいらない。珠子さんは、武司さんにも外でお金を稼いできてほしいと思った。

「彼もいずれ起業をしたいとのことだったので、『じゃあ、それをやってみれば。私も応援する』と言いました。それで、彼は起業したんですけど、彼の姿勢に本気が感じられなかったんですよね」

 実際、初めのうちは、武司さんのビジネスはまったく売り上げに結びつかなかった。死ぬ気で頑張った結果であれば、まだ許せる。でも、起業家として成功してきた珠子さんの目には、武司さんのやり方はなんとも生ぬるく見えた。

「もっとできることあるでしょう、って思っちゃうんです。朝、私より遅くまで寝ていたりすると、何やっているんだろう、ってイライラしてしまって……」

 そこに、例の大げんかが勃発した。珠子さんが頼んでいた仕事のタスクを、武司さんは期日までにやっておいてくれなかった。些細なことではあったが、それがきっかけで珠子さんのストレスが限界を超えた。

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失望したのは「生き方」