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「それを本当に実行するの?」甲子園で誰もが予想しなかった“大胆な奇策”

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久保田龍雄dot.
野球漫画からヒントを得た奇策を成功させた2012年の済々黌 (c)朝日新聞社

野球漫画からヒントを得た奇策を成功させた2012年の済々黌 (c)朝日新聞社

 “怪物”江川卓(作新学院)を攻略すべく、大胆な奇策を披露したのが、1973年の柳川商(現柳川)だ。

 栃木県大会の5試合中3試合がノーヒットノーラン。センバツ後の5月から140イニング連続無失点という超高校級の豪腕に対し、同校の福田精一監督は「同じ高校生が投げる球を打てないことはない。勝負は五分と五分」とナインを暗示にかけ、「ヒットは5本以上打てる」と宣言した。

 試合が始まると、各打者はバットを握る両手首の間を約15センチ開け、バントの構えからタイミングを合わせてミートする“プッシュ打法”に徹する。

 3回までに6三振を奪われ、パーフェクトに抑えられたが、打順がひと回りした4回に初安打が飛び出し、6回2死から古賀敏光の三塁強襲安打と松藤洋の右中間三塁打で1点を先制。ついに江川の連続無失点記録を「145」で止めた。

 だが、作新も7回、敵失に乗じて同点に追いつき、9回に1死満塁のサヨナラ機を迎える。すると、福田監督は「ドジャースがやっていると聞き、練習でやってみた」と、センターの松藤を三塁手の前に配する内野5人シフトを敷き、スクイズ封じに成功。さらに延長12回1死満塁のピンチも投ゴロ併殺で切り抜け、14回1死三塁では、4番・小倉(現亀岡姓)偉民のゴロを松藤が処理したことから、センターゴロの珍事となった。

 後に政治家に転身した亀岡氏は「“あそこに打っちゃいけない”と意識したら、そこへ打球が行ってしまった」と回想している。

 柳川商は延長15回の末、1対2で惜敗したが、江川から7安打を放ち、「5本以上」の公約を実現した。

 内野5人シフトが甲子園で再び見られたのは、95年の2回戦、観音寺中央(現観音寺総合)vs日大藤沢だ。

 3対3で迎えた延長11回、日大藤沢は1死から7番・西村雅志が右越え三塁打で出塁。次打者・小野博道が初球にスクイズの動きを見せると、観音寺中央の橋野純監督は、センター・田中靖教を内野に呼び、マウンド、三塁、本塁の三角地点の中間を守らせた。前任校時代に一度だけ成功したスクイズ封じだが、外野は2人だけ。「危険なプレーだし、やりたくなかった」という苦肉の策だった。


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