絞り込んだ化合物が目的のたんぱく質に作用しても、それが本当の原因物質でなければ多大なロスになってしまう。日本製薬工業協会によれば、候補化合物が新薬になる率はわずか2万5千分の1。試験を経て世に出るまでの期間は9~17年。新薬の開発にかかる費用は200億~300億円だ。

「創薬が効率化されれば、患者さまに早く新薬を届けることができますし、医療経済にも良い影響が出ると考えています」(同)

■自然言語処理 「論文を読むAI」で迅速な治療検討が可能に

 がんゲノム医療とは、がん組織の遺伝子変異を調べ、その状態に適した薬物治療をおこなうこと。2019年に一部検査が保険適用になったばかりだが、治療方針の検討に時間がかかることが課題になっている。というのも、遺伝子変異とその治療についての論文は膨大な数があるためだ。

 そこで富士通研究所が東京大学と共同研究を進めているのが、「論文を読むAI」だ。私たち人間が書く言葉は、そのままではコンピュータには理解できない「自然言語」と呼ばれる。研究では、86万件の論文から、コンピュータ処理可能な「ナレッジグラフ」と呼ばれるデータベースを構築。研究中のAIは、これをもとに治療に関する「整理されたコンパクトな情報」を自動で抽出してくれる。その結果、治療検討にかかる時間を半分未満にすることに成功した。

 富士通研究所の富士秀氏は、「今後システムを洗練させていけば、4分の1にまで削減することも可能だと考えています」と話す。

 大量のデータから目的のデータを抽出する際に気を付けなければならないのが、そもそももととなる「母集団」は正しいのかという点だ。

 例えば質の低い論文が含まれていた場合や、本来であれば参照すべき論文が含まれていない場合、誤った根拠に基づいた治療法をAIが提案してくる可能性もある。

 この点について富士氏に聞くと、「非常に重要なポイント」であると言う。

「今回の研究では血液腫瘍に特化して、医師の視点から必要だと思われる論文を、東京大学医科学研究所血液腫瘍内科の医師たちに選んでもらいました。AIを構築した後も現場のフィードバックをもらい、ナレッジグラフを調整し精度を高めました」(富士氏)

 国立がん研究センターによれば、血液腫瘍(悪性リンパ腫、骨髄腫、白血病)の患者数は、全がん患者数の約5%。富士通研究所はいま、愛知県がんセンターとの共同研究で、残りの95%を占める固形腫瘍に対応するAIの開発を進めている。

 まだ始まったばかりのゲノム医療。今後あらゆるがんにおいて治療のスピードが加速していきそうだ。

※この研究には、日本医療研究開発機構(AMED)と協力して開発したデータベースの一部を用いている

(文・白石圭)

※週刊朝日MOOK「新『名医』の最新治療2020」より