「孫の世話」問題どこからが“甘え”なのか? 見落としがちな親の人生とは… (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「孫の世話」問題どこからが“甘え”なのか? 見落としがちな親の人生とは…

連載「人生は「手」で変わる」

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小林照子(こばやし・てるこ)/美容研究家。ヘア&メイクアップアーティスト。1935年、東京都生まれ。東京高等美容学院を卒業後、小林コーセー(現・コーセー)に美容部員として入社。数々の大ヒット商品を手掛け、85年、同社初の女性取締役に就任。その後独立・起業し、美容ビジネスの企業経営や後進を育てる学校運営をおこなっている。『人生は、「手」で変わる。』(朝日新聞出版)、『これはしない、あれはする』(サンマーク出版)、『小林照子流 ハッピーシニアメイク』(河出書房新社)ほか著書多数(撮影/写真部・片山菜緒子)

小林照子(こばやし・てるこ)/美容研究家。ヘア&メイクアップアーティスト。1935年、東京都生まれ。東京高等美容学院を卒業後、小林コーセー(現・コーセー)に美容部員として入社。数々の大ヒット商品を手掛け、85年、同社初の女性取締役に就任。その後独立・起業し、美容ビジネスの企業経営や後進を育てる学校運営をおこなっている。『人生は、「手」で変わる。』(朝日新聞出版)、『これはしない、あれはする』(サンマーク出版)、『小林照子流 ハッピーシニアメイク』(河出書房新社)ほか著書多数(撮影/写真部・片山菜緒子)

※写真はイメージです(Gettyimages)

※写真はイメージです(Gettyimages)

 人生はみずからの手で切りひらける。そして、つらいことは手放せる。美容部員からコーセー初の女性取締役に抜擢され、85歳の現在も現役経営者として活躍し続ける伝説のヘア&メイクアップアーティスト・小林照子さんの著書『人生は、「手」で変わる』からの本連載。今回は、共働きで忙しくなると、ついつい親や親族を頼ってしまう気持ちとの付き合い方をお伝えします。

*  *  *
 私は血のつながりのない養父母の元で育ったので、自分の親に頼る気持ちをあまり持ったことがありません。養母は私が18歳のときに亡くなりましたし、養父も60歳を過ぎた頃から体の具合が悪かったので、私から何かをお願いしたことはありません。

 私は仕事をしていく上ではいつでも「職・住・学」近接を心がけていました。職場と住まい、そして子どもの学校がすべて近くにあるようにする。移動に時間はかけない。

 その条件にかなっていたので、娘が小学2年生から5年生のときまでは実家のすぐ近くのアパートで暮らしました。

 実家というのは、私が6歳のときに亡くなった実父の家。そこでは兄と兄家族、そして義理の母(実父の後妻)が暮らしていました。兄のところは子どもが3人いて、みんなそれぞれたくさんの習い事をしています。

 娘は義理の母を「おばあちゃん」と呼んで慕っていましたが、義理の母も兄家族もそれぞれに忙しくしているので、日常的に娘の世話を頼むことは無理だと思っていました。でも兄の妻は私の娘に、「おうちが近いのだから、学校の帰りにちょっとくらい寄っていって。一緒におやつを食べましょう」と、声をかけてくれました。そしてよそのおうちにあがるときのマナーを教えてくれたり、細かいことをしつけてくれたのです。


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