平成10年に予言小説『平成30年』を書いた堺屋太一 当たりすぎていて本人も驚いた内容とは? (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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平成10年に予言小説『平成30年』を書いた堺屋太一 当たりすぎていて本人も驚いた内容とは?

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堺屋太一さん

堺屋太一さん

「団塊の世代」の名付け親である堺屋太一氏が今年2月に逝去し、彼の遺した大作『平成三十年』が再び注目を集めている。

 本書は約20年前に生まれた近未来小説で、作中では平成30年を生きる“未来人”の世界が仔細に描写されており、20年越しの「予言小説」として世に衝撃を与えている。

「当たった・外れた」といった観点からも楽しめるが、本書の白眉は、今の日本を漂う「時代の空気」を的確に捉えている点だ。副題の「何もしなかった日本」にあるように、改革を不得手とする日本型組織への警世の念も込められており、むしろ我々“未来人”に刺さる内容ともいえる。

 今回は特別に本書から、2003年に堺屋太一氏が記した「文庫版あとがき」を公開する。

*  *  *
「平成三十年」と題する小説を、朝日新聞朝刊に連載したのは、1997年(平成9年)6月1日から翌98年(平成10年)7月26日までである。

 ここで私は、新聞読者に実感して頂けるように掲載の時期と小説の中の季節を合わせることに努めた。物語のはじまりは6月1日、香港返還20周年行事場面は7月1日から、主人公が父親の故郷の盂蘭盆に行く話は8月中旬の掲載というわけだ。平成30年正月の場面は、平成10年1月1日からの掲載である。つまり、新聞読者の方々には、ほぼ正確に20年先の話をお読み頂くようにしたのだ。

 ところが、これも終盤になると窮屈になった。物語を締め括る「改革の合戦」以降を、短期間のでき事にしたてなければならないからだ。結局、連載をほぼ2カ月延長してもらったが、それでも十分ではなく、ある程度はみ出してしまった。

「かのスタンダールの名作『赤と黒』でさえ、新聞連載の期間に押し込めるために終盤は荒っぽい作りになっているのだから……」

 そんな慰めをいってくれた人もいたが、私は掲載日の季節や行事日程に捉われる理由のない単行本にする時には、この無理を解消する大幅な修正を行うつもりでいた。

 ところが、この連載が終わった直後、1998年7月30日に、私は衆議院で総理大臣の指名を受けた小渕恵三氏からの要請で入閣、国務大臣経済企画庁長官に就任した。入閣を予定して新聞連載を慌てて終えたのではなく、たまたまそんなタイミングになったのである。

 閣僚の仕事は忙しい。特に私の就任当時は大不況、金融機関の貸し渋りで中小企業が軒並み経営危機に曝されるような状況だったから、文字通り寸暇もない有様だった。新聞連載と重複しなかったのは幸いだったが、単行本用の手直しの時間は取れない。「いずれ閣僚を辞任してから」と引き延ばしていたが、その在任期間が2年4カ月を超えた。


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