ナダルとフェデラー (c)朝日新聞社
ナダルとフェデラー (c)朝日新聞社

「成長していなければ、1年後に同じ場所にはいられない」

 かつてそう言ったのは、女子シングルス世界ランク8位、ダブルスでは世界1位に君臨した杉山愛さんだった。テニスの世界では、一大会で活躍しようとも獲得ランキングポイントは1年後に消え、新たな戦いに身を置くことになる。いや、前年に活躍し上位に達した選手たちほど、その地位を守らねばというプレッシャーや、下剋上を狙う若手たちの野心にも身を晒すことになるだろう。それら、時計の針や押し寄せる新世代の波に日々追われるなか、1年後にも変わらず上位に居るのだとしたら、それは“留まった”のではなく、“新たに獲得した成長の証”なのだという。

 現在のATPランキングは、1位がラファエル・ナダル、2位がロジャー・フェデラー。時にはその地位を入れ替えながらも、この二人は昨年9月以降、1位と2位の座を独占し続けてきた。なお、ナダルが初めてランキング2位になったのは2005年7月のこと。その時の1位は、既にその地位に1年以上座し続けたフェデラー。以降、ノバク・ジョコビッチやアンディ・マリーら後進たちの後塵を拝する時期もあったが、彼らは常にテニス界の中枢に居続けた。二人はテニスという競技における、最も長く濃密なライバル関係だと言えるだろう。

 成長しなければたちまち振り落とされるというテニス界の頂点に、ナダルが今なお君臨するその訳は、プレースタイルの変化にあると松岡修造氏は見る。

 2年前の全米オープンで、サーブ&ボレーを試みてはポイントを奪われるナダルを見た時、松岡氏は「これでは、負けるためにやっているようなものではないか?」と訝しがったという。だが今になり、その訳は明確となった。芝や速いハードコートではネットに出て、ボレーでポイントを決める場面が増える。早い段階で勝負を決める攻撃的なテニスへの志向こそが、ナダルの進化の理由だった。

 もう一つのナダルの変化に、彼の最大の武器とされるフォアハンドのストロークがある。手首のケガによりシーズンを早めに切り上げた2016年末、新たにコーチに就任したばかりのカルロス・モヤは、フォアハンドの修正こそが最優先事項だと感じたという。ナダルを少年時代から知る同郷の元世界1位は、そのわずかなズレに誰よりも敏感だった。

「君はもう20歳ではない。フィジカルも以前と違うのだから、打ち方も同じという訳にはいかない」

 そう新たな教え子に説いた上で、モヤはボールへ入る際の足の運び方から、打つ際の身体の使い方に至るまで、精緻なチューニングを施したという。もちろん新フォームの体得は一朝一夕にはいかない。それでも、激しい反復練習と実戦を経て脳と身体に刻み込まれたプログラムは、この1年半でナダルに3つのグランドスラムタイトルと、世界1位の地位をもたらした。

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フェデラーはバックハンド強化に重点的に取り組んだ