江國香織が語った青春時代 中2で書き始めた小説「かっこつけて書いていた」 (1/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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江國香織が語った青春時代 中2で書き始めた小説「かっこつけて書いていた」

仲宇佐ゆりdot.
青春時代の思い出を語る江國香織さん(写真・植田真紗美)

青春時代の思い出を語る江國香織さん(写真・植田真紗美)

「風と共に去りぬ」のヴィヴィアン・リーの眉をまねようとして左眉をそり落としてしまった中学3年生のころ

「風と共に去りぬ」のヴィヴィアン・リーの眉をまねようとして左眉をそり落としてしまった中学3年生のころ

 直木賞作家の江國香織さんは、広尾学園の前身、順心女子学園の卒業生。アエラムック『広尾学園by AERA』で、みずみずしい感性を培ったなつかしい青春時代を振り返ってもらった。

【写真】名画の女優をまねようと左眉をそり落としていた中3のころの江國さんはこちら

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 久しぶりに高校の卒業アルバムを開いた江國香織さん。

「ああ、なつかしい。これは屋上で撮っていますね。同級生の友人とは、いまもしょっちゅう会っています」

 と顔をほころばせた。

 順心女子学園中学を受験したのは、父親で随筆家の江國滋(しげる)さんが私学の教育を望んだからだった。12歳で入学すると、体が小さかったこともあって、高校3年生が大きな大人に見えた。かっこいいと思った。そうして中高一貫の6年間の学園生活が始まった。

「セーラー服を着て通えるのがうれしかったですね。入学式などのセレモニーのときは白いリボン、普段は赤いリボンをつけるんです」

 電車での通学も、お金を持って購買部で文房具やパンを買うのも新鮮な体験だった。まだ古い校舎が残っていて、うす暗い片隅に公衆電話が置かれていた。入学したころは心細くて、よく家に電話をかけた。出るのは、家で仕事をしている父。

「古い校舎に飾ってあるおひなさまの前を通るのが怖い」「先生に怒られた」――些細な話を聞いてもらった。でも、何度も電話していると、近くの体育教官室から先生が出てきて注意されてしまうのだった。

■作家としての才能が現れ始める

 中学2年のときには、友人のマリちゃんと季刊誌をつくっている。購買部で雑誌の「anan」を模したノートを買ったのがきっかけだ。表紙は外国人モデルの写真で、「nana」というロゴが入っていた。お互いノートにつくった雑誌を見せ合った。

「それぞれの責任編集だから、おしゃれの記事でも、コラムでも、何を書いてもいいんです。でも、必ず連載小説を1個入れなくちゃいけないと決めました。彼女は『伯林』という歴史小説を連載しました。これが、次が待てないぐらい面白いんです。彼女こそ小説家になるべきだった」


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