メドレーリレー、“有終”のメダルならず ニッポン競泳陣、東京五輪への課題と収穫 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

メドレーリレー、“有終”のメダルならず ニッポン競泳陣、東京五輪への課題と収穫

このエントリーをはてなブックマークに追加
dot.#リオ五輪
今大会3つのメダルを獲得し、日本競泳陣を牽引した萩野。(写真:Getty Images)

今大会3つのメダルを獲得し、日本競泳陣を牽引した萩野。(写真:Getty Images)

 結果だけをみれば、悔しい結末だった。2004年のアテネ五輪以来、メドレーリレーでは3大会連続でメダルを獲得していただけに、今回のリオデジャネイロ五輪で5位に終わったことは、選手たちも悔しいとしか言いようがなかった。

「メダルが取れなかったことは、もう、悔しいのひと言です」(入江陵介)

 そう話す入江が53秒46の5位で小関に引き継ぐと、58秒65で最高の仕事を小関は果たす。しかし、藤井のバタフライが思うように伸びてこない。そうなると、バタフライ、自由形で日本を上回る記録を持つ、メダル争いのライバルになると予想されたオーストラリア、ロシアにはかなわなかった。予選を3位で通過していたが、その記録は昨年のロシア・カザン世界水泳選手権のメダルラインには遠く及ばない記録だっただけに、起爆剤がほしかったところだが、厳しい結果となってしまった。

 確かに、苦しい戦いだった。過去、メドレーリレーでメダルを獲得していたときは、4種目のなかで必ずメダリストが存在した。アテネ五輪では、背泳ぎの森田智己、平泳ぎの北島康介、200mではあったがバタフライの山本貴司もメダリストだった。北京五輪は、北島が金メダリストであり、背泳ぎの宮下純一は8位入賞、バタフライの藤井拓郎も当時の日本記録を樹立して6位入賞していた。


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい