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第39回 東京でのモノヅクリ

文・鈴木正晴

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案内いただいた若手職人、ミエさん(写真左)

案内いただいた若手職人、ミエさん(写真左)

お邪魔した勝田ナセンさんの染色作業を行う工場内部

お邪魔した勝田ナセンさんの染色作業を行う工場内部

勝田ナセン EFUKiN(絵ふきん)青セットの「ブレッド」

勝田ナセン EFUKiN(絵ふきん)青セットの「ブレッド」

 本コラム、初回からもう2年が経ちます。全国の様々なモノヅクリを紹介してまいりましたが、その初回は、東京都葛飾区の「東京最後のブリキのおもちゃ職人」でした。今回は原点に帰り、東京でモノヅクリに励んでいるヒトを紹介します。第1回はおじいちゃんだったので、今回は若者にしましょう。

 東京のモノヅクリと言えば下町、墨田区の江戸切子職人や台東区の革小物職人など、お土産モノや身に着けるモノが思い浮かびます。一大消費地であり一大観光地でもあった江戸で、職人たちが腕を競い合い様々なものが作られ、それが今に伝わっているのでしょう。土地代も高いし高付加価値の商品じゃないと成り立たない、なんて客観的には言えるけれども、かっこつける、意地を張るのが大好きな江戸っ子たちは、どうにかこうにか工夫して、その技を今の時代に伝えています。またモノによっては分業制で、コアの部分だけを江戸に残し、日本全国様々な職人さんのネットワークでモノヅクリを続けている場合もあります。

 東京土産と言えば忘れてはならないのが、「江戸手ぬぐい」。日本百貨店でも様々なタイプの手ぬぐいを全国から取り寄せています。たくさんの柄行きと素朴な風合いの商品が人気の「江戸ゆかた」染元の高常さんの商品や、日本橋にあります戸田屋さんの梨園染がその代表選手。歌舞伎役者たちが使うことからこう名付けられた伝統の手ぬぐいは、何も日本橋で作られているわけではありません。機屋(はたや)さん、染め屋さん、仕上げ屋さんなど、様々な職人さんたちの手で作りあげられた商品が、江戸のドマンナカ、日本橋で販売されています。

 どんな方々がつくっていらっしゃるのか、普段はうかがい知ることができません。先日たまたま、手ぬぐい屋さんとお話していたところ、「東京の染め場もだいぶ少なくなっちゃったけど、若い子がたくさん入って頑張ってるところもあるんですよ」とのこと。東京で染めてる! それは見に行かないと。

 お邪魔したのは八王子にあります、勝田ナセンさん。

 全国様々な染場を見てきたので、染めの工程などは知っていましたし、目新しいこともなかったのですが、何よりも驚いたのは、作業されている職人さんたちがみんな若い! ほとんどが僕(41歳)よりも若い! これは驚き。たいていは、おじいちゃんがガッチャンガッチャンと染め作業をしているものなのですが。

 聞くと、東日本大震災後にたくさん、30代より上の職人が辞めてしまった時に、勝田ナセンさんの代表が、「これを機に工場を若返りさせるぞ!!」と心機一転、若い職場に生まれ変わらせたそうです。瓢箪(ひょうたん)から駒。苦境を好機ととらえる。勉強になります。

 案内してくれたミエさんも若い! まだジャスト30歳! 何でもサラリーマンで事務職をしていたのだけれども、学生時代ではテキスタイルを勉強していたこともあって、職人の世界を志したのだそうです。ミエさんは、手捺染(なせん)の「色の深み」に心を奪われて、数ある“職人の技”の中から、染めの世界に身を投じたそうです。


(更新 2016/5/11 )


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プロフィール

鈴木正晴(すずき・まさはる)

 株式会社日本百貨店・代表取締役社長、ディレクター兼バイヤー。1975年神奈川県生まれ。1997年東京大学教育学部卒業後、伊藤忠商事株式会社に入社。アパレル関連の部門で、海外とのビジネスを多く経験する中で、国内の“モノ づくり”文化に根差したすぐれものをより広いマーケットに広める一助となりたいと考え、2006年3月伊藤忠商事を退社。2006年4月に株式会社コンタン(現・株式会社日本百貨店)を立ち上げる。2010年12月には東京・御徒町に、日本の優れものを集める小売店“日本百貨店”を オープン。食・雑貨・衣料雑貨など、全国から様々なこだわりの商材を集め、作り手と使い手の出 会いの場を提供している。著書に「日本百貨店」(飛鳥新社 2012/12)