「『一日を一生のように大切に生きる』というのは、すべての人に共通する美しく生きるための心の基本姿勢ではないかしら」
美しい笑顔でそう語るのは90歳の現役女性弁護士、湯川久子さん。離婚問題を中心に扱う弁護士として、戦後の女性の自立を支え続けてきた。14万部を超える大ベストセラー『ほどよく距離を置きなさい』の著者でもある湯川さんが大切にしているのは「一日一生」という考え方だ。
「一日一生」は、天台宗の大阿闍梨で、7年がかりで約4万キロを歩く比叡山(ひえいざん)延暦寺の荒行「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」を2度満行し、“生き仏”と称され、2013年に87歳で亡くなった天台宗大阿闍梨(だいあじゃり)の故酒井雄哉さんの言葉だ。酒井さんの言葉をまとめた『一日一生』は、続編も含めた『一日一生 愛蔵版』も発売され、累計部数が27万部を超える大ベストセラーとなっている。「1日を大切に生きること」を伝える暖かい言葉は、今も多くの人に勇気を与えている。
昭和2年、熊本市で生まれた湯川さん。教師から弁護士になった父親が常々「女性も学ぶべき」と口にしていたこともあり、当時家族が住んでいた上海からひとり上京し、東京の女子専門学校へ進学した。しかし東京大空襲で寮が焼け落ち、友人らの多くを亡くし、命からがら上海へと逃げ延びることに。終戦後、引き揚げ船が爆撃され、あやうく命を落とす場面もあったという。こうした経験から「今日を精一杯生きる」という生き方が心身に刻まれた。
「今日生きられるかどうか、という状況の中では、悩みって実は存在しないんです。戦後、生活が豊かになり、女性にも選択肢が増えてきた。そうすると、『もしかしたら私の人生はもっと素敵なものになるのではないか』という希望が生まれ、現状とのズレに悩む。悩んでいるときっていうのは、どうにかできるかもしれないという思いの表れなんです」
戦後、女性にも学びの道が開けたことで、「もっと学びたい」という思いが湧き上がった湯川さんは、中央大学へと進学。卒業後、司法試験に合格して九州の女性弁護士第1号となってからは、離婚問題を中心に相談を受け、戦後の女性の自立のサポートに力を注いできた。