続く決勝戦。金足農(秋田)戦を前に、小谷は相手エース・吉田輝星の投球を午後9時から午前2時まで6時間かけ、甲子園3試合分のデータをまとめ上げ、カウントによる投球の傾向を出した。甲子園に出発前の宿舎でのミーティングは、午前9時5分から20分間。石田寿也コーチと小谷がまとめた資料が全選手に渡された。そこでデータを共有し、その補足を小谷が告げる。どんな話をしたのか興味深い。決勝戦の試合前取材は、プレーボールの3時間前。小谷に聞いたが「試合前なので、ちょっと言えません」。ただ、その成果は1回の先制攻撃から如実に表れていた。
2死満塁の先制機で、打者は6番・石川瑞貴(3年)。吉田の1球目の126キロスライダーが暴投となり、まず1点。二、三塁となっての2球目も124キロのスライダーがボールとなる。そこから吉田は145キロ、146キロ、145キロと、スピードのあるストレートを3球続けてきた。
「ピンチでは、外(いっぱいの)ラインに強い真っすぐが来る。変化球が外れて困ったら、外にストレートが来る」
小谷が選手たちに告げた金足農・吉田の投球傾向がこれだった。石川は“小谷の指示”を打席で思い返していた。その通りの配球で来ている。ランナーをこれ以上ためたくないという投手心理と、吉田の投球パターンを踏まえれば、おのずと答えは出る。
6球目、147キロのストレートが外角に入ってきた。「小谷が言ってくれていた通りでした」と石川。まさにドンぴしゃのタイミングで捕らえた一打は、右中間を破る二塁打となって2者が生還し、1回に3得点。主導権をつかんだ大阪桐蔭は、吉田から5回までに12点を奪った。連投の疲れがあったとはいえ、大会ナンバーワンとも言われた剛腕を、完膚なきまでに攻略しての完勝だ。
「最後は、丁寧にスコアをつけました」
春夏連覇の瞬間、ライトフライを示す「9」をしっかりとスコアブックに記した。監督の西谷は小谷を抱きしめ「ありがとう」。選手たちは根尾でも藤原でも柿木でもなく、172センチ、78キロの「19人目の選手」を胴上げした。優勝チームの「記録員」が宙に舞うなんて、100回目の夏でも、きっと初めてのことだろう。