2013年夏の第95回大会、一人の小さな球児の活躍が大きな話題となった。その選手とは花巻東(岩手)の157センチの2番打者、千葉翔太だ。千葉の代名詞となったのがファウルを繰り返す『カット打法』。バットを軽く合わせてとにかく球数を稼ぎ、初戦の彦根東(滋賀)戦では3安打1四球の大活躍。これを見た済美(愛媛)は、続く試合で内野を5人にするシフトを敢行したが、千葉はそれを嘲笑うように安楽智大(現楽天)からライトオーバーのスリーベースを放つなど、この試合でも3安打の活躍を見せたのだ。

 準々決勝の鳴門(徳島)戦では、さらにその粘りが発揮されて1安打4四球で全5打席に出塁。しかし、この試合終了後、千葉のカット打法がバントに該当すると高野連から説明を受け、準決勝の延岡学園戦では4打席とも出塁することができず、花巻東もここで終戦となった。ちなみに、千葉は進学した日本大でも外野の一角としてレギュラーを獲得。今年からは社会人野球の九州三菱自動車に進み、プロの道を目指す挑戦は続いている。

 斎藤佑樹(現日本ハム)と田中将大(現ヤンキース)の決勝戦引き分け再試合に沸いた2006年の第88回大会にも鮮烈な印象を残した球児がいた。鹿児島工(鹿児島)の背番号11、今吉晃一だ。今吉の役割は高校野球には珍しい代打の切り札。もともとは捕手だったが、2年秋に腰を疲労骨折してレギュラーでの出場は困難になり、中迫俊明監督(当時)から打つことだけに集中するように言われてつかみ取ったその座だったのだ。

 今吉のバットは鹿児島大会から火を噴き、全6試合に代打で出場して6打数5安打の大活躍。甲子園でもその勢いは止まらず、2回戦の高知商(高知)戦、準々決勝の福知山成美(京都)戦で流れを変えるヒットを放った。準決勝では早稲田実(東京)・斎藤の前に三振に打ち取られたものの、打席で「シャー!」と大声で叫ぶ姿とその勝負強さは今でも語り継がれている。

 ここで紹介したのは長い歴史のごく一部であり、それぞれに思い入れのある球児がいることだろう。負けたら高校野球生活が終わるという舞台で懸命にプレーするからこそ、多くの人の記憶に残るプレーが生まれるのである。100回大会の夏、今年も彼らのように長く語り継がれる選手が登場することを期待したい。(文・西尾典文)

●プロフィール
西尾典文
1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。

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西尾典文

西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究し、在学中から専門誌に寄稿を開始。修了後も主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間400試合以上を現場で取材し、AERA dot.、デイリー新潮、FRIDAYデジタル、スポーツナビ、BASEBALL KING、THE DIGEST、REAL SPORTSなどに記事を寄稿中。2017年からはスカイAのドラフト中継でも解説を務めている。ドラフト情報を発信する「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも毎日記事を配信中。

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