「子どもたちが校庭で運動をしていると、空にくじらの形をした雲が現れて……」。こんな出だしで始まる物語に記憶はないだろうか?
これは、最近の小学一年生の国語教科書『こくご 一下 ともだち』(光村図書)に掲載されている『くじらぐも』だ。昭和46年の『しょうがく しんこくご 一ねん下』(光村図書)が初出であるから、今50代前半なら教科書で習った覚えのある人も多いだろう。
ストーリーは、一年生の体育の時間にクジラの形をした雲が現れ、子どもたちと一緒に体育の授業を楽しむ。そして、先生と生徒たちを乗せて空を旅し、4時間目が終わるころに皆を学校に戻す、という内容。作者は、『ぐりとぐら』や『いやいやえん』などでおなじみな中川李枝子さんだ。
先日発売された新刊『ママ、もっと自信をもって』(日経BP社)の中で、その制作秘話について語っている。
『くじらぐも』は、もともと、「自分の作品の領分は小学区入学前まで」と決めていた中川さんが唯一小学生向けに書いた作品でもある。教科書の版元である光村図書から文字を覚えたばかりの子どもが音読する「暗唱教材」を、と依頼を受けたのが創作のきっかけだ。
「ただの本なら気に入らなければ読まないですむけれど、教科書は読まないわけにはいきません。私のせいで1年生を国語ぎらいにするわけにはいかないと責任重大でした。声に出して読む楽しさを覚えて、国語が好きになってほしい。そして、学校大好き、お友だちも先生も大好きになってほしいと」(中川さん)
そこで中川さんが行ったのは、小学1年生の徹底した研究だ。当時、保育士も務めていた中川さんは保育園の子どもたちと学校のまわりを散歩したり、小学生だった息子の参観日に学校中を見学させてもらったり、小学生向けの学習雑誌を出している出版社の編集者に頼んで先生たちのレポートを集めたり、小学校教諭経験のある児童文化研究家・吉岡たすくさんの評論を読むなど、1年ほどかけて徹底的に調査したという。