「自分とまったく異なる方式で生きているライバル」が身近にいる――これは、かなりやっかいな状況です。羨望、不安、懐疑、その他もろもろの「闇」の感情が湧いてきます。自分の生き方への疑問符を突きつけられた気になるからです。
<(永瀬は)自ら進んでカメラに魂を差し出している。そこまでやれるのはすごいことだけれど、私自身は決してそんな状態にはならないから、心のどこかでやっかみや憧れやその不器用さに対しての警告や不安もあって、「バカじゃないの?」と思ったりもしました。だから、一緒に住んでいる頃は大変だった。よく心配もしましたね>(注5)
<(永瀬と別れたのは)派手な愛憎劇があったわけじゃなくて、背負っているものに対して、一緒にいることがきつくなってしまったという感じだったから>(注6)
小泉今日子にとって永瀬正敏は、ある時期から「やっかいなライバル」になっていたことがうかがえます。おそらくそんな風に苦しんでいたのは、女性であり、他人の目線を想像する力に富んだ小泉今日子の側だけでしょう。「没入型の男性」である永瀬正敏は、自分と小泉今日子の違いなど気にかけず、まっすぐ演技に向かっていたはずです。
小泉今日子が「映画人」としての才能を開花させるのに、「永瀬くん」が側にいることは不可欠でした。皮肉なことに、そのことが彼女にとっての「永瀬くん」を「憧れ」ではなく「ライバル」という存在に変化させ、二人の「同じ屋根の下に居る幸せ」は終わったのです。
2011年、小泉今日子と永瀬正敏は、映画「毎日かあさん」で共演します。離婚した元夫婦が「離婚した元夫婦」の役を演じた事実は話題を呼びました。
撮影の間、二人は「以心伝心」で、作品づくりについてぴったり意見が一致していたそうです(注7)。タイプは違っていても、熟練の境地に達した俳優同士、通いあうものがあったのでしょう。