どうすれば小泉今日子のように、齢とともに魅力を増していけるのか―― その秘密を知ることは、現代を生きる私たちにとって大きな意味があるはず。

 日本文学研究者である助川幸逸郎氏が、現代社会における“小泉今日子”の存在を分析し、今の時代を生きる我々がいかにして“小泉今日子”的に生きるべきかを考察する。

「小泉今日子が女優として成功したのは元夫のおかげ?」よりつづく

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 9回目の結婚記念日当日、小泉今日子と永瀬正敏は離婚届を出しました。

 小泉今日子は、結婚と同時に引退するつもりだったようです(それを止めたのは永瀬正敏でした)。彼女の中には「日本の女はかくあるべし」というイメージがあったので、「妻」となってからは仕事と板ばさみで辛かったとも述べています(注1)。入籍後、1年間ほど活動をセーブしていた期間もありました(注2)。

 それでも小泉今日子は、永瀬正敏と並走しながら俳優としてステージを上げていきました。当初は永瀬にしか見えていなかった世界が、彼女の視野にも入りはじめます。

 夫婦で働いてどちらも有能なのに、夫は迷いなく職業に没頭、自分だけが「妻であること」と「仕事」の板ばさみになる――多くの女性が、この悩みに直面します。小泉今日子の場合、「映画人」としてパワー・アップするにつれそれが深刻化したはずです。彼女と永瀬のケースでは、そこに二人の資質の問題が加わります。

 小泉今日子は「理想がなかったからここまでやって来れた。理想とかあったらそこで燃えつきちゃうし」と語っています(注3)。「遠大な目標」にこだわり過ぎず、「お客の目から見たちょうどよいかっこよさ」を探れるのが、小泉今日子の特徴です(助川幸逸郎「もしもなんてったってアイドルを松田聖子が歌っていたら(中)」dot.<ドット>朝日新聞出版 参照)。苦心して「憧れのあの歌手と同じキイの高音」を出しても、コンサートが盛りあがらなければ何にもなりません。そういう「観客の求めるものと別の方向に突進する悲劇」に陥らないところが、小泉今日子の「強み」です。

 これに対し永瀬正敏は、理想をめざしてストイックに役づくりする俳優の典型です。離婚後に小泉今日子から「結婚したての頃なんか、役そのままで帰ってきて、そのたびにいろんな男の人が帰ってくるから大変だったわよ」と叱られたとか。永瀬は「まったく意識していませんでした、すみません」と応じたそうです(注4)。凄まじい集中力で役になりきる反面、目標を追うあまり見えなくなるものもあるタイプと言えます。

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永瀬正敏との結婚生活ついて、小泉今日子はこう語る