2010年、芸術の五輪と評される展覧会「ベネチア・ビエンナーレ」。この建築部門で、最高賞の金獅子賞に輝いた石上純也氏(38)。国内外から熱い視線を浴びる俊才は、日本への新たな価値観の到来を感じ取っていた。
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 これからは一つひとつの建築が、より個性的になっていく気がしています。例えば、住宅という一つの建築のカテゴリーの中でさえ、バリエーションは無限に存在します。現在、多くの人が思い浮かべる一般的な住宅のイメージは、なくなっていくのかもしれません。一人ひとりが、一人ひとりの個性で、住宅のイメージを持つ時代が、もうそこまで来ているように思います。
 大切なのは、その自由度の中で、どんな「新しいもの」を生み出していくのか。僕が感じる「新しいもの」とは、革命のように過去を否定したり、既存のものをぶっ壊して生み出すものではありません。みんなが気づかないうちに、いつの間にか社会に溶け込んでいく「浸透力」がテーマだと思っています。
 iPadなどのコンピューターや、携帯電話がいい例ですが、コミュニケーションのあり方を衝撃的に変化させたという事実を意識している人は少なくて、いつの間にか、みんな自然と使っていますよね。
 その価値や仕組みをいちいち説明せずに、いつの間にか、スピード感を持って自然と社会に定着できるもの。空気のように、いちいち意識はさせないけれど、しっかり価値を生んでいるもの。それが「浸透力」なんです。建築の世界も、過去の価値観を破壊して何かを生み出すのではなく、「浸透力」によって、大きな影響を生み出していけると思っています。

※週刊朝日

 2012年4月27日号