AIJ投資顧問が、顧客から預かった約二一〇〇億円もの年金資金の大半を消失させてしまったというニュースを聞いて、唖然とした方も多いのではないだろうか。しかし、早稲田大学国際教養学部教授の池田清彦教授は、「お金は幻想、パッと消えても当然」と語る。
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元来お金というのは信用だけで成立している虚の仕組みなので、増えたり減ったり場合によっては無くなったりするのは当たり前なのだ。お金という幻想を共有していない者にとって、だからお金の価値は全くない。猫の前に百万円の札束と生魚を置けば札束には見向きもせずに生魚をくわえていくに決まっている。
紙幣にまだ信用がなかった頃、紙幣には金地金と交換することを保証する旨の記載があった。兌換紙幣である。それが信用だけがすべての不換紙幣になり、今やお金は通帳に並んでいる数字のこととなった。銀行の信用だけが頼りという、考えようによってはまことに頼りないシステムの上で人々は暮らしているわけだ。
AIJのような事件が続くと、年金資金は全部金地金に換えて、金庫に収めておいた方が賢いという話になりかねない。金地金は物質不滅の法則により、価格変動はあるにせよ、目減りすることは絶対にない。それに対し、お金は数字の列にすぎないから、パッと消えても不思議ではない。
銀行だけでなく国家に信用がなくなれば、人々はお金を信用しなくなり、物々交換の世界に戻るかもね。さすれば未来の人々は、現代人のことを、お金という幻想を妄信していた不思議の国の住人だと思うに違いない。まあ、私は生きていないので関係ないけどね。
※週刊朝日 2012年3月30日号