デビューからの連勝が続いていた3年前の6月、藤井の自宅でインタビューした時のことを思い出す。苦手な学校の科目を尋ねると、

「美術です。何で絵を描かないといけないのか、わからないです」

 はにかんで答える姿は等身大の中学3年生だったが、20歳の時の自分のイメージは、と問うと、25秒ほどの沈黙が流れた。

 発したのは、こんな言葉だった。

「今の自分とは比べものにならないぐらい、強くなっていたいです」

 穏やかな口調とは裏腹に、底知れない凄みに触れた気がした。

 五番勝負は、先に3勝を挙げた側の勝利となる。8日の藤井の白星で、「タイトル獲得の最年少記録」(18歳6カ月)をも更新する可能性が高まったのは確かだが、その実現はなお容易とは言えない。

 飯島はこう語る。

「渡辺棋聖は第1局の時点では、まだ力量をつかみかねていたはず。2局目、3局目となるにつれ、戦いやすくなってくるでしょう」

 将棋は、主導権を握りやすい先手がわずかに有利とされるが、第1局で先手を握ったのは藤井だった。作戦家で知られる渡辺が、先手の第2局でどんな作戦をぶつけてくるのかも見どころとなる。

 勝負そのもの以外でも、耳目を集めるポイントがある。藤井がどんな和服を着て登場するか、だ。

 タイトル戦の対局者は和服を着るのが慣例だ。若手が初めてタイトル戦に出る場合、挑戦を決めてから呉服屋に注文をしたり、所作を覚えたりして開幕を迎える。

 だが今回、藤井にはその余裕がなかった。第1局の舞台に姿を見せた藤井は、いつも通りのスーツ姿だった。

「和服自体は師匠(杉本昌隆八段)にいただいたものがあったんですけど、勝手がわからなかったので。第2局以降で着られればと思っています」

 対局後の会見で、そう明かした。

 自ら指すよりも、プロの対局の観戦を楽しむ人たちは「観る将棋ファン」と呼ばれている。ファンの裾野の広がりにより、盤上の勝負だけでなく、対局者の服装や食事の注文などにも注目が集まる。

 五番勝負の行方を大きく左右することになる第2局は6月28日、再び将棋会館で行われる。(朝日新聞文化くらし報道部・村瀬信也)

週刊朝日  2020年7月3日号