黒川博行・作家 (c)朝日新聞社
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※写真はイメージです (GettyImages)
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 ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は新聞について。

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 七月八日・朝日新聞朝刊の記事が興味深かった。『コロナ禍 新興国を覆う』という見出しで、ブラジル、インド、南アフリカの現状を報じている。

“ブラジル”は「新型コロナによる死者が6万5千人を超え、治安が悪化した2017年の殺人事件の死者数とほぼ同じ人数に達した」という。一年間の殺人事件被害者数が六万五千人というのも驚きだが、その死者数と、ここ数カ月のコロナ死者数がほぼ同じだから恐ろしい。

 ブラジルのコロナ被害はファベーラ(スラム街)で顕著だというが、リオデジャネイロのファベーラを舞台にしたギャング映画『シティ・オブ・ゴッド』(傑作です)や『シティ・オブ・メン』を見るとよく分かる。究極の“三密”なのだ。治安回復を公約として18年の大統領選で当選したボルソナーロ大統領が、感染予防策を否定するような行動をつづけてきたあげく、自らのコロナ感染を公表したのは茶番というか、罰があたったというか、出来のわるい喜劇としか思えない。

 わたしは78年から80年にかけて、インドに三回行った。コルカタ、デリー、バラナシ、ムンバイなどをまわったが、とにかく人が多かった(当時の人口はほぼ七億人とされていた)。夕方から夜、涼しくなってくると市街はどこからひとが湧いてきたのかと思うほどの混雑ぶりで、歩道をまっすぐ歩けないほどだった。あの“三密”が人口十三億人を超えるいまはもっとすすんでいるのだろう。インドの感染者数は七日時点で七十万人を超えたという。

 同じ朝日新聞の記事によると、警察トップが二年前に「犯罪状況は戦場に近い」と語った南アフリカは、三月下旬に都市封鎖されて殺人事件などの「重大犯罪」の件数が五割以上減ったが、その一方で、外出制限などの違反を見逃す代わりに約七万五千円の賄賂を要求した治安部隊の隊員が逮捕されたり、閉店中の酒屋や休校中の学校備品を狙った略奪が起きたりしたという。

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