菅直人首相は5月6日、東海地震の震源域にある浜岡原発について、すべての原子炉停止を要請したと発表した。新たな防波壁を造るまでの延命措置では困る。この決断が全国の原発を恒久的に止める最初の一歩になることを願う。
 国が決断を迫られているのはこれだけではない。子どもたちを放射能から守るために一刻の猶予も許されない問題を書きたい。
 文部科学省が4月19日に公表した「年間20ミリシーベルト」という学校の放射線基準値に憤激して、福島県の親たちが立ち上がりました。5月1日に父母を中心に「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」を結成して、2日には文科省の担当者らに要請書を提出しました。
 国は、子どもを持つ親の切実な声に耳を傾けて、ただちに、この危険きわまりない「安全基準」を即時撤回せよ! 校庭の土を入れ替えるなど除染作業が済むまで福島県内の小中学校は授業を中止して、汚染の少ない地域に学童疎開させなければ危ない。
 危険な原発労働者でさえ「年間20ミリシーベルト」を浴びる人はゼロですよ。ほとんどが年間5ミリ以下だというのに、その4倍を児童に浴びさせるのは、殺人に等しい。大人に対する規制値1ミリシーベルトの20倍もの値を、どうして学校に適用できるのか。放射能の影響が大人の10倍とされる子どもたちを、きわめて危険な状態に放置する信じがたい国だ。
 文科省は屋内16時間、屋外8時間の生活パターンを想定して、屋外では毎時3・8マイクロシーベルト(マイクロはミリの千分の1)を下回れば、年間20ミリシーベルトを超えることはない、としている。
 毎時3・8マイクロシーベルトとは、労働基準法で18歳未満の作業を禁止している「放射線管理区域」(3カ月で1・3ミリシーベルト、毎時0・6マイクロシーベルト相当)の6倍以上の線量に当たるのだ。政府は一体、何を考えているのか。それを批判しないテレビと新聞は、子どもたちを殺そうというのか。
 子どもを見殺しにして平気な政府に、福島県や県内の市町村は抗議すべきです。ところが福島県が放射線健康リスク管理アドバイザーとして雇った長崎大学の山下俊一教授は、県内各地で講演して、「年間100ミリシーベルト以下なら心配ない数値」と話している。年間20ミリシーベルトの基準に対して抗議する親たちを前に、どうしてそんなことが言えるのか。私はこの男に激しい憤りを覚える。
 4月5~7日に行われた福島県内の小中学校や幼稚園などでの放射線調査によれば、調査対象の75・9%で毎時0・6マイクロシーベルトを超えている。しかも、この放射線測定には「内部被曝」は含まれていない。元気よく校庭で遊ぶ子どもたちが、風で舞い上がったり、食べ物についたりした放射性物質を、体に取り込むことがこわいのだ。
 昨年、原発事故の危険性を『原子炉時限爆弾』に書いたとき、原発の大事故でどれくらいの被害が出るか、想定される被害を本に書こうと思っても、書けなかった。がんや白血病といった被曝による放射能災害は、事故の後、長い時間をかけて、病院の中で静かに進行していくからです。
 原発の取材を続けてきたジャーナリストの明石昇二郎氏は「福島県民一人ひとりに積算線量計を持たせた上で、長期にわたる健康調査を行うべきだ」と叫んでいます。24日発売の「朝日ジャーナル」で緊急提言として発表してくれます。今後発生する健康被害の因果関係と責任を明らかにするための、重要な提言だ。
 私が原発反対運動を始めたころ、放射能の危険性について著作を通して教えてくれたヘレン・カルディコット医師が、4月30日付のニューヨーク・タイムズ(電子版)で、「Unsafe at Any Dose」と題する論文を書きました。「いかなる被曝量でも安全ではない」という意味です。
 
◆10年で20万人、がん罹患の予測◆
 彼女は、チェルノブイリ原発事故の死者について激しい議論が交わされてきたとして、がん死者はほぼ4千人という国際原子力機関(IAEA)の予測と、がんなどの疾患で100万人近くが死亡したとする2009年の別のリポートを紹介して、こう書きます。
「原発事故は、決して終わらない。チェルノブイリ原発から放出された放射能の影響は、何十年も続く。チェルノブイリと福島で、放射性物質によって、どれくらいのがんやほかの病気が起きるか、予測もできない」
 放射線に安全な照射量はない、被曝量は累積される、がんは15年から60年もかけて発症する、体内被曝こそが危険--医師の視点から福島事故を分析して、論文をこう結びました。
「物理学者たちは、核原子力時代を始める知識を持っていた。医師たちは、それを終わらせるための知識と信頼性と合法性を、いま持っている」と。
 3月30日には欧州議会に設置されている調査グループ「欧州放射線リスク委員会」(ECRR)が、IAEAと日本の公式情報から得たデータを使用して、今回の福島事故で予想されるがん患者の増加数を発表しました。調査の中心人物であるクリス・バスビー教授によると、事態はきわめて深刻で、原発から200キロ圏内の1110万人がその場所に住み続けた場合、今後10年で20万人ぐらいが放射能によってがんになると予測しています。
 原発の放射能を封じ込めるめどが立たず、汚染は広がっています。福島県郡山市の下水処理施設では汚泥から高濃度の放射性セシウムが検出されました。地表から雨などで下水に流れ込んだようです。この汚泥を使ったセメント材からも放射能が検出されました。5月3日には東京電力が、海底の土から高濃度の放射性セシウムを検出したことを初めて発表しました。
 福島の子どもたちの学童疎開を急いで実施すべきだ。岩手県釜石市では終戦の年、4月から8月まで一斉に学童疎開を行い、その間にあった2度の艦砲戦災で小学生の犠牲者はほとんどいなかったという。敵の攻撃を予想した大人たちの決断が子どもの命を救いました。
 いま猛烈な攻撃が始まっている放射能から子どもたちを守るのは、大人の責任です。疎開先として西日本の人にも助けてもらいたい。戦時中の学童疎開が平時の今、できないはずはない。政府の即断を望む! (構成 本誌・堀井正明)
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ひろせ・たかし 1943年生まれ。作家。早大理工学部応用化学科卒。『二酸化炭素温暖化説の崩壊』(集英社新書)、『原子炉時限爆弾--大地震におびえる日本列島』(ダイヤモンド社)など著書多数。インターネット放送局のビデオニュース・ドットコムで広瀬さんのインタビューがアップされている。
追記:5月13日には「FUKUSHIMA 福島原発メルトダウン」(朝日新聞出版)が発売されました。発売日に生放送されたインターネット動画番組「週刊朝日UST劇場」でのインタビューもまもなくアップされる予定です。



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