引きこもりが終わった日は、いったい本人に何が起き、家族はどんな反応をするものなのでしょうか。ドラマのような感動的な場面を想像しがちです。不登校新聞編集長の石井志昂さんによると、その日というよりは出てくるまでに本人の中で大きな変化が起きているそうです。石井さんが、印象的に残るある方のエピソードを紹介します。
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「ひきこもり」と世間では一口に言いますが、ひきこもる理由は千差万別ですし、いろんなキャラクターのひきこもり当事者がいます。
東京大学の大学院へ通っている最中にひきこもりを始めた人、突如として市議選に立候補した人、自分自身を「ひきこもり名人」と呼ぶ人……、これらの人たちを私は敬意をこめて「ひきこもりスーパースターズ」と呼び、心にとどめています。なかでも印象に残っているのは、「裸のピアニスト」と私が勝手に呼んでいる瀧本裕喜さん(40歳)。瀧本さんの「ひきこもりが終わった日」のエピソードは示唆に富んだものですから、今回、ご紹介したいと思います。
その日、瀧本さんはひきこもりを終えるべく、意を決して自室から出ました。18歳からひきこもり続けて7年、久しぶりに晴れやかな気持ちでリビングに出たわけです。
そんな気持ちのよい時間もつかの間で終わり。鏡で自分の姿を見た瀧本さんはびっくりしました。
「髪は伸び放題で、ところどころ白髪がある。そして何より太っている。まるで別人でした」(瀧本)。
ひきこもっているあいだ、瀧本さん意図的に鏡を見ることを避けていました。現実を直視たくないという思いがあるからです。また「ひきこもっている自分が生きていても申し訳ない」という思いも強く、身体の変化にまで気が回らなかったそうでうす。
ようするに鏡を避けた生活を送り、悩みで頭がいっぱいだったため、太ったことに気づかなかったのです。これは瀧本さんに限った話ではありません。当事者からは、それなりに聞く話でもあります。