推しを推すことで日常の息苦しさを乗り越えていく。そんなストーリーが描かれた芥川賞受賞作品『推し、燃ゆ』。2021年3月22日号では、『推し、燃ゆ』の著者・宇佐見りんさんが著書や自身の「推し」への思いなどを語った。
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「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい」。『推し、燃ゆ』はそんな書き出しで始まる。「推し」は、「実感のある言葉で書くことができる」テーマだった。
(以下、『推し、燃ゆ』の著者・宇佐見りんさん)
何かしらの困難を抱えて、推しを推すことでそれをしのいでいく。そんな物語を書きたいと思っていました。主人公・あかりは、生活がままならず、自分自身のことを認められない。でも、推しを推すときにだけ、生き生きとしていられる。身近な人から「それでいいんだよ」と声を掛けられることはないけれど、「推し」というまぶしい存在がいる。推しは話しかけてはこないし、欠点を受け入れてくれるわけではないけれど、否定してくるわけでもないんですね。
自分のなかに少しでも共通点があるもの、書く動機があるものでないと、誠実な書き方ではなくなる。もちろん主人公が私というわけではないですが、あかりの「何かひとつのことに打ち込むことで息苦しさを乗り越えていく」姿勢は自分自身にも通じるところがあります。
私にも、長く推している俳優さんがいます。それまでにも好きな俳優さんはたくさんいましたが、「この人を追いたい」「ファンクラブに入りたい」という感覚が芽生えたのは初めてのことでした。また、私は演劇部に入っていたので、その方の演技を研究することで演劇自体をより好きになることができ、新たな世界を知った気がします。
周囲にも「推し」がいる人は珍しくなくて、高校時代は「“現場”なので、部活を休みます」と言って、推しのライブなどに行く人もいましたね。
『推し、燃ゆ』が発売されてからは、主人公・あかりと「推し」との関係を、自分と「推し」との関係と比べながらブログなどに書いてくださる方もいました。そのままエッセーになるのではないか、と思うくらい凄みのある文章も目にしました。前作『かか』のときにはなかったタイプの感想で、とても心に残っています。
(ライター・古谷ゆう子)
※AERA 2021年3月22日号