体力勝負のアスリートは、キャリアを重ねるにつれて年齢とも闘わなければならない。特に女性アスリートは、男性に比べ競技をやり続ける環境に恵まれていない。そのハンディを克服し、フランスF3、英国F3、世界耐久選手権(WEC)など、世界を舞台に活躍しているのが女性レーサーの井原慶子選手だ。今年40歳になる井原は、年齢だけでなく腕力がモノを言うレースの世界で、男性と伍して戦ってきた女性トップ選手の一人。
「時速300キロの世界では、激しいG(重力)がかかるので、座っているだけで体力が消耗してしまう。コーナーでは体重の3倍、4倍の力で押し戻されるけど、それに耐えて正確なハンドルさばきをしなければならないんです。私たちはエッジで運転しているので、集中力が切れたら命を失う。そんな極限状態が2時間続く」
F1の一つ下のカテゴリーであるF3クラスになると、体力にハンディを持つ女性レーサーは世界でも稀。
そもそも井原は、レースの世界に足を踏み入れた時点からハンディを背負っていた。大学時代にスキーの合宿費用を稼ぐためキャンギャルになり、サーキット場でポーズを作っているうちにレースに目覚めた。だが、運転免許なし、知識なし、経験なし、体力なし、レース資金なしのないない尽くし。情熱だけで、世界のトップレーサーに躍り出たといってもいい。加えて、レース界は男性社会だけに、「口にしたくない」ほどの嫌がらせも受けた。しかし、この困難を一つずつ克服してきたからこそ、男性でも珍しい40歳を迎える今も、現役レーサーでいられるのだ。
体力を補うため、フランスのスポーツ科学研究所で徹底して自分の身体と向き合った。一般の人は意識することのない細部のインナーマッスルを鍛え上げ、腕ではなく腹の内側の筋肉でハンドルを回す術を習得。生理は自分の意思でコントロール、何百回と出場したレース中に一度も生理になったことがない。
「要は、交感神経を活発にさせる時間を増やすんです」
運動生理学の第一人者でもある田中誠一・東海大学名誉教授は「生理は不随意神経にコントロールされているから、意思では操作できない。過度の緊張状態を作り随意神経を活発にさせればできなくもないが、病気になってしまう」と言う。
事実、井原は自律神経失調症で3年間苦しみ休養し、昨年に復帰した。
「瞬間、瞬間に正しい判断が求められるレースは、その人の人間性が試される場所。だから面白いし、だからやめられない」
※AERA 2013年6月10日号