中村さんの小説は社会の空気を映し出す。すさんでいく世の中を見ていると、言わねばならないことがあふれて社会から距離を置くことができないという。もともと好きな作家はドストエフスキー、サルトル、大江健三郎のように社会にものを言う人たちだった。
リベラルな発言を続けてきて今の日本を見ると敗北感もある。それでも、予想外のいいことが起きるかもしれない。期待を込めて、自分を鼓舞するような気持ちで書いたのがこの作品だ。
「どんどん悪くなっていく世の中に、光とか祈りのようなものを強く出したいという思いがありました。先のことがわからないのはつらいけれども、わからないのだから、実は絶望もできない」
人間の弱さと強さ、欲望と狂気が錯綜し、濃密な没入感が味わえる。(仲宇佐ゆり)
※週刊朝日 2021年6月11日号

