批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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社会学者の宮台真司氏が襲われた。11月29日夕、勤務先の東京都立大学構内で首など数カ所を切りつけられ、重傷で入院した。
宮台氏は1990年代に少女売春(援助交際)を肯定的に論じ注目されるようになった。その後も社会問題や文化現象を縦横に論じ、影響力を保ち続けている。近年はネット番組にも積極的に出演し、再び存在感を高めていた。
本稿執筆時点で犯人は逃亡中で、背景はわかっていない。報道された犯人の行動には強い殺意を感じる。宮台氏は挑発的な発言で知られるため、言論への攻撃だと捉える見方が多い。けれども通り魔や私的な怨恨(えんこん)の可能性もある。犯人が逮捕され捜査が進むまで、早急な結論は禁物だろう。
とはいえ背景がどうあれ、暴行が大学構内で起きたことの衝撃は変わらない。大学は開かれた場である。構内への立ち入りは原則自由で講義やゼミの日程も調べればわかる。「もぐり学生」を容認する慣習も一部では残る。所属学生でなくとも有名教授に会いたければ会えてしまう。社会常識に照らせばあまりに無防備だが、だからこそ大学は独特の公共性を担ってきたともいえる。
今回の事件ではそのような大学の本質が改めて問われている。開放性と安全性を両立させるのは難しい。誰でも会いたいひとに会えるのはすばらしいことだが、暴行を呼ぶのであれば話にならない。SNSが普及したいまは特別の警戒も求められる。かといって安易に立ち入りを制限すれば魅力が失われる。単に大学を閉ざすのではない、新たな解決を探り出してほしいと思う。
宮台氏は筆者の一回り上の世代で、若いころから著書に親しんできた。この20年ほどは仕事もご一緒している。毀誉褒貶(きよほうへん)が激しい人物だが、現代日本を代表する重要な論客であることは間違いない。そんな氏が凶行に遭ったとの一報には胸が塞がる思いがした。安倍晋三元首相への銃撃も連想された。
宮台氏の快癒を心からお祈りする。氏のことだから、数カ月もすれば前と変わらず鋭い舌鋒(ぜっぽう)でこの事件についても語ってくれるはずだと信じている。
◎東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
※AERA 2022年12月12日号