東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 コロナ対策が迷走を極めている。

 西村康稔経済再生担当相は8日、酒類販売事業者に対し、自粛要請にもかかわらず酒類提供を続ける飲食店との取引を停止するよう求めると発表。続けて金融機関にも「働きかけ」を要請する方針を発表したが、世論の強い反発を受けてともに撤回に追い込まれた。菅義偉首相や麻生太郎財務相は政府全体の決定ではなかったと火消しに回ったが、野党からは西村大臣への辞任要求が出るなど混乱が続いている。

 政府の「お願い」に従わない事業者がいる。根拠法令はないので、仕入れ元と資金源を押さえ兵糧攻めにして締め上げる。こんな手法がまかり通ったら政府はなんでもできるようになる。行政手続法違反の指摘もある。撤回は当然だ。

 とはいえそれ以前に問題なのは、なぜこのような超法規的な措置が堂々と提案されるようになってしまったのかである。

 日本はこの1年半、コロナ制圧に比較的成功してきた。累計では死者数も感染者数も欧米に比べて格段に少ない。しかしそれは政治や医学の勝利とは言えない。政治は無為無策が続き、病床確保やワクチン接種はむしろ遅れた。にもかかわらず結果がよいのは、ひとえに国民が協力的で、外出自粛など生活を犠牲にして感染予防に熱心に取り組んできたからだ。

 けれどもその結果、政治家と専門家はあまりに安易に自粛に頼るようになってしまった。人流を抑制すれば感染は抑えられる。それは確かだが我慢にも限界がある。合理的な出口や医療体制の強化を示さず要請を連発すれば、無視され始めるのは当然である。東京には4回目の緊急事態宣言が発せられたが、もはや話題にもならない。

 国民は政府の言うことを聞かなくなっている。西村要請にはその状況への焦りが滲(にじ)み出ており、危機意識は理解できる。けれども対処の方向がまちがっている。政治家と専門家はむしろ、なぜ要請が聞かれなくなったのか、謙虚に反省し方針を変えるべきである。

 五輪が始まれば入国者も増える。自粛で数を抑えるだけではない、現実的なコロナ対策が求められている。

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

AERA 2021年7月26日号