佐藤:歴史的に見たら日本は、ナチスドイツと同盟国でした。その日本のほとんどの道徳の教科書には、杉原千畝さんの「命のビザ」の話が出てきます。この話がなぜ重要なのかというと、日本はナチスドイツの同盟国ではあったけど、ユダヤ人に対しては違う態度を取っていた。少なくともそういう外交官がいて、ユダヤ人を弾圧せよとドイツから圧力がかかってきても、日本はそれをはね返したわけです。道徳が必修科目となって、多くの国民が杉原千畝を知っているのに、その根っこにあるホロコーストに対する認識がこんなに甘いのはどういうことなのかと、私は衝撃を受けました。

 国際社会からどういうふうに見られるのかということも含め、今回の解任の発表があった2021年7月22日っていうのは、日本の外交が一つの瀬戸際に立った日だったと、僕は思います。

池上:逆説的にいうと、日本ってユダヤ人差別がヨーロッパに比べて社会にはないんですよね。そもそもよくわかっていないということがある。ユダヤ人差別を実感していないがゆえに、こういう問題に、むしろ鈍感になってしまっているわけです。遠い世界の昔の話、と受け止められてしまっているところがあるんじゃないかなと思います。

佐藤:そうですね。例えば、ユダヤ人は金持ちであるというようなことを言う人がいますが、こういうのは極めて危険な反ユダヤ主義思想につながるんです。どうしてかというと、ユダヤ人にもお金持ちもいれば、そうじゃない人もいる。なのにユダヤ人は金持ちだという表象を使って、ユダヤ人が富を収奪しているという偏見を増長して攻撃していったのが、ナチスです。

池上:ホロコーストの対象はユダヤ人だけじゃないですよね。ナチスドイツの場合は、まず身体障害者を抹殺した。そして、ロマ族などの少数民族を抹殺し、そしてユダヤ人をという、そういう一連の流れがあるわけです。

佐藤:今後も、この種のことが起きる可能性はあります。オリンピックのディレクターにこういう人がいたっていうことで、日本人のホロコーストに対する認識、反ユダヤ主義に対する認識に根源的な問題があるんじゃないかという疑念が世界で出ています。そういう目で見られていますから、日本の政治家や有識者の発言で今までは問題にならなかったことでも問題になる可能性が十分にあると思います。対応次第では日本が世界での信用を失いかねないという、それぐらい大きな話です。このへんの皮膚感覚というのがなかなか共有できていないんですよね。

 こういうことが起きてしまったということに対する日本政府、それから論壇人である私たち、また国民の一人としての責任が、すごくあるんですよ。

(構成/編集部・三島恵美子)

AERA 2021年8月16日-8月23日合併号より抜粋

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