佐藤:今回、政府と組織委員会は危機管理という点においては、適切な対応をしたと思います。
池上:そうですね。その直前に大騒ぎになった小山田圭吾さんの過去のいじめ問題に関しては、小山田さんに辞意を表明させていますが、小林さんの件では、解任という形で素早い対応をしました。そうでなければいけなかったのです。
佐藤:素早い対応の背景にあるのは、ホロコーストは国際法が変わるほどの類を見ない犯罪だったからです。ロヒンギャやウイグルの問題でも、ジェノサイド条約が注目を集めましたが、ジェノサイドとはホロコーストをきっかけに出てきた概念です。ニュルンベルク裁判や極東軍事裁判における人道に対する犯罪というのも、それまでの戦争犯罪にはなかった。これが新たに加わったのも、このホロコーストが原因です。ホロコーストが起きる前と後では、国際的なルールが違ってしまったわけです。
一部の新聞が、欧米のスタンダードでは許されないみたいなことを書いていましたが、ホロコーストを揶揄してはいけないというのは欧米だけのスタンダードではないんです。現行の世界で受け入れられている国際法の基準であり、人権基準そのものです。これが今回、私が非常に肌寒く感じていることです。
池上:私は高校生や大学生に現代史などを教えていますが、中東問題、ユダヤ人の差別の歴史などをきっかけに国際社会も同情的になり、イスラエルの建国を国連が決議することになったという話をしているんです。歴史の一環として話はしていたけれど、ホロコーストがどれだけ悲惨でどれだけ許されないことなのかということは、サラッと通り過ぎていた。その結果がこんなことになっているんじゃないかなと反省しています。
■過去の問題ではない
佐藤:私も非常に反省しているのが、非歴史的な問題だということを、もっと強調して論壇できちんと発信しておけばよかったということです。非歴史的な問題にしないといけない理由は、過去の戦争中の問題ではなくて人間の本性に絡む問題として、この教訓をきちんと受け止めていないと、また繰り返すかもしれないから。だからホロコーストは歴史の問題ではない。歴史問題に留まらないと言ったほうがいいですね。歴史問題に留まらないから、ホロコーストに絡む犯罪は、ドイツでは時効がないわけです。池上さんはドイツにお詳しいのでおたずねしますが、今回のこの小林賢太郎さんの発言は、ドイツだったら刑事立件されていましたよね?
池上:そうですね。間違いなく逮捕されるような要件ですよね。