中でも、両親の親しい友人だった、母より若い未婚の人が、フィアンセをスペイン風邪で奪われたと、毎日、やってきては、庭先で泣き崩れていたのを、子供心に、痛ましいと同情したことを忘れられません。

 世の中には、人を不幸にするおそろしい伝染病があるのだとしったのはこの時です。

 その頃から、大方、百年も経っているのに、人力で防ぎようもない伝染病に、今も人がおびやかされているのが情けないことです。

 予防注射は、年寄からということで、数えで百歳の私は、早々とされて、おかげさまで、ちらりとも、病気の陰におびやかされることはありませんでした。こんな時、もう百歳にもなった老人などよりも、まさに働き盛りの若い人から、予防注射を打つべきではないかと心から思いました。

 ヨコオさんも最近、とても体調はおよろしいご様子で、お好きな入院もしばらくなさらないご様子で何よりとかげながらお慶びしていますが、入院のお好きなヨコオさんは、そろそろ入院して、ベッドの脇で、絵を描きたいと思っていらっしゃるかもしれませんね。私はマスクをつけるのが大きらいです。何しろ鼻がひくいので、マスクをつけたら、顔の中心の鼻が一向に存在をあらわさず、マスクにぺちゃんと押し付けられて、見る影もなくなります。今度、鼻の低い人でも、鼻が高く見えるマスクを絵だけでもいいから送ってみてください。

 さて、ヨコオさんの寒山拾得熱は一向に冷める風もなく、益々ヨコオさんを捕えて離さないようですね。前にも書きましたが、中国のお寺の門のすぐ内側にある寒山拾得の石像だかを見たことがありますが、ほんとにつまらないものでしたよ。ヨコオさんの寒山拾得の方が、ずっとずっと素敵です。

 寒山拾得の魂は、ヨコオさんに描かれた自分たちに感動して、「コレ、コレ」と、手を打って喜んでいることでしょう。

 ところで、私も百歳になってしまい、もういつ死んでも不思議ではありません。別に残す財もないのですが、原稿料で次々と買ったホンモノの絵(ホンモノの絵描きの描いた絵)がいくらかのこっています。死ぬ前にこれをどこかに収めたいです。ヨコオさんの絵のある神戸の美術館はひきとってくれませんか? あそこだと、ヨコオさんの絵のあるかぎり、子供のように、くっついていられないかしら? もちろん、寄付です。一度、写真を送るから見て下さい。

週刊朝日  2021年9月3日号