東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 ツイッターの混乱が連日報道されている。強烈な個性で知られるイーロン・マスク氏が同社を買収、直後から幹部を含む大量の職員を解雇し、運営方針も朝令暮改でくるくると変わっているためだ。

 公共性も問われている。同氏は「言論の自由」の熱烈な支持者で、リベラル寄りの情報規制にかねてより批判的だった。関与の有無は不明だが、買収後のツイッターではヘイトや誤情報が顕著に増えたと報道されている。批判が広がり、有名アカウントの閉鎖や広告主の撤退も相次いでいる。

 日本でもニュースやトレンドワードの順位を手動で管理していたチームが解散となり、日本語ツイッターの様相は大きく変わった。政治色が薄まりアニメやエンタメの話題が前以上に目立っている。

 新しいツイッターがどこに落ち着くのか、現時点では全く見通すことができない。けれどもこれを機にSNSと社会の関係を見直すべきなのはまちがいない。

 ツイッターなどのSNSは2000年代半ばに現れた。それから15年で急成長し、いまや政府機関や大手メディアも情報発信に使う欠かせないインフラとなった。

 けれども私企業による運営は変わっていない。おまけに多くのサービスは無料で提供されている。運営にとって本当の顧客は広告主であり、そこでは数が正義だ。ヘイトだろうがカルトだろうが、記事が注目を集めれば個人情報も集まり、最終的に金になるという残酷な原理が現在のネットを支えている。その状況にリベラルな理念で立ち向かっても限界がある。今回の買収劇も、背景にはツイッターが抱える巨額の赤字がある。マスク氏個人の資質にすべて還元できるものではない。

 ネットではツイッターの変化に失望したという声が多く聞かれる。気持ちはわかるが、無料のサービスには無料なりの限界がある。便利な広報ツールあるいは緊急時の連絡手段ぐらいに割り切って、政治的な議論や合意形成は別の場所で行ったほうがよい。数が金になる世界で正義や公共性を実現しようというのは、そもそも無理な話だったのである。

◎東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

AERA 2022年11月28日号